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社員が懲戒解雇や競業避止違反の場合、退職金を減額か不支給にする規定を定めていることがあります。
この規定は、実際に有効になるでしょうか?
この記事では、社員が懲戒解雇や競業避止違反に該当した場合の、退職金の減額・不支給について解説します。
社員の退職金を減額・不支給にすることは認められている
従業員に支払う退職金は、支払い条件が明確に定めてある場合は、賃金となります。
賃金に該当するため、従業員には退職金請求権が発生し、その権利は保護されます。
その金額は、勤続年数に支給率を乗じて算定され、退職時に確定するのが一般的です。
ただし、退職金には「功労報償」的な性格があるため、一律に支払うのではなく、次のような支払い基準を設けることは認められています。
- 勤続年数で差をつける
- 会社都合と自己都合の退職で差をつける
- 競合避止違反や懲戒解雇で減額・不支給にする
退職金は、当事者の合意がない限り、法律で支払いを義務付けられていません。
したがって、金額に差をつけることや、減額・不支給にすることをどう定めるかは、当事者の自由にできるのが基本なのです。
賃金には「労働基準法24条の全額支払いの原則」がありますが、退職金については、減額・不支給になったとしても、これに違反しないことになります。
判例からみる退職金の減額・不支給
では、懲戒解雇で退職した場合や、競業避止違反に該当した場合、就業規則等で定めた減額・不支給条項がそのまま認められるでしょうか?
答えは「そのケースによる」になりますが、会社の言い分が認められるには、それなりのハードルを越えなくてはいけません。
つまり、退職金を何割かは支払うことを想定しておかなくてはいけないということです。
1. 懲戒解雇の場合
在職中に懲戒解雇に匹敵する背信行為を行い、退職金を不支給にしたことが認められた事例には、アイビ・プロテック事件があります。
懲戒解雇に匹敵する理由とは、退職直後の競合への役員就任、退職前の顧客データの持ち出し・顧客データの消去でした。
これらを裁判所は、懲戒解雇に匹敵する理由として、元従業員への退職金不支給を認めました。
それ以外にも、日本電信電話事件では、上司・同僚に対する度重なる恐喝、脅迫、強要、嫌がらせを理由として、会社が社員を諭旨解雇で処分したことを正当とし、退職金の減額支給を認めました。
その一方で、就業規則にある懲戒解雇で退職になったとしても、その懲戒解雇自体を無効とする判例もあります。
日本高圧瓦斯工業事件では、退職にあたり使用者の承諾を得なかった、退職前の2か月前に退職願を提出しなかったことを理由として懲戒解雇としましたが、裁判所は
「労働者らの永年勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為に該当するものといえない」
として、退職金の不支給を認めませんでした。
これらの事例からいえることは、懲戒解雇として処分されてもおかしくない事実があれば、退職金を不支給・減額することは認められますが、事実に対して懲戒解雇が重すぎる場合は、認められない可能性が高いということです。
懲戒解雇でも3割支給
ちなみに、痴漢を理由に懲戒解雇され退職金を不払いにされた職員が、退職金を全額支払うよう求めた小田急電鉄(退職金請求)事件では、懲戒解雇は有効とするも、退職金は3割支給することが妥当、という判断がされました。
その理由として、退職金が退職後の生活基盤となる重要なお金であること、そのお金を不支給とすることは、たとえ懲戒解雇であっても、全面的に適用されるべきではない、というものでした。
そして、痴漢行為の性格性や内容、懲戒解雇に至った経緯、職員の過去の勤務態度等の諸事情に加え、過去における会社側の支給事例等をも考慮すれば、「本来の退職金の3割が妥当」としたのでした。
懲戒解雇の場合でも、3割支給の判決が出たことは、懲戒解雇に該当する不法行為だからといって、簡単に退職金を不支給にはできないことを示唆しています。
2. 競業避止違反の場合
競業避止違反で、退職金の減額を認めた事例には、ソフトウエア興行事件があります。
これは、自分一人ではなく、同僚も引き連れて辞め、競合会社へ就職し、取引先にも新会社への営業をしていたというものでありました。
その悪質性から、退職金を減額して支給することを認めました。
これに対し、競業避止違反で退職金を支給しないのは、「顕著な背信性がある場合に限ると解するのが相当」とした、中部日本広告社事件があります。
その他にも、就業規則に定めた競業避止条項そのものを否定し、退職金の不支給を認めなかった、モリクロ事件もあります。
そもそも、競合避止条項を定めるのは、社員が辞めた後に、自社の顧客やノウハウなどを流出させないための措置です。
したがって、競合避止違反で退職金を減額・不支給にできるのは、顕著な背信行為により、会社へ直接損害を与えたことがはっきりしている場合、というのが裁判所の考えです。
反対に、退職後に競合へ就職したとしても、会社に損害を与えるほどではない場合は、競合避止違反自体を無効としています。
さらにいえば、競合避止条項があることで、社員(役員を除く)の職業選択の自由を一定期間奪うことになります。
そのため、就業規則に競合避止条項が定めてあっても、それに見合う事実がなければ、ただちに退職金を減額・不支給にすることはできない、というのが裁判所の判断です。
以上のことから、余ほどの問題でない限り、社員の退職金は、懲戒解雇でも競合避止違反でも、何割かは支払わなくてはいけないと想定しておいた方がいいでしょう。
就業規則に明記しておくことが重要
ちなみに、懲戒解雇でも競合避止違反でも、退職金を減額・不支給とするためには、就業規則にその旨を定めておくことが重要です。
それは、就業規則に懲戒解雇・競合避止条項が定めてあるから、その処分を下せるわけで、定めてなければ、その根拠がないことから、そもそも下せないだろうというのがその理屈です。
就業規則は、会社を守るうえで超重要です。
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