会社が命じる転勤命令は、一定の条件の下ではありますが(長期雇用を予定していて、地域を限定しない採用の場合)、事業主の裁量が認められています。
従業員が転勤命令を拒む場合、それ相応の事情がなければ認められないというのが判例です。
相応の事情として従業員が転勤を拒否できる状態とは、家族に介護が必要で家を空けることがどうしてもできないなど、相当なケースが該当します。
とはいえ、従業員の家庭の事情はそれぞれで、ケースバイケースで会社がその都度判断していかねばなりません。
そこでこの記事では、転勤を拒否する正当な理由として「認められない」とされた事例をご紹介いたします。
「不当な転勤命令による退職強要」と裁判に発展
田中さん(仮名)は、Y社の人事部長として厳しい表情で資料に目を通していました。
市場競争の激化と製造コストの上昇により、会社の経営状況は年々厳しさを増し、生産部門の統廃合と人員の効率的な再配置が不可欠となりました。
「これが最善の道なんです」
と、関東工場の一部が別の地域の工場と統合されること、それに伴い10人に転勤してもらわなくてはいけなくなることを、全従業員へ説明して回りました。
転勤を命じる従業員の選定は、慎重に行い、業務経験、技術スキル、家族状況など複数の要素を考慮し、最終的に10名の転勤候補者を選びました。
田中さんは、彼・彼女らが長く関東で生活してきたことは知っていましたが、就業規則には、
「会社は業務上の必要があるときは転勤、長期出張を命ずることがあ る。この場合、社員は正当な理由なくこれを拒むことができない」
という規定があり、このことについても転勤を拒否できない理由として説明しました。
「全社一丸となって乗り越えなければならない状況なのです」
そういって理解を求めましたが、10人の内6人は、断固拒否の構えをみせました。
この6人は最終的に退職を選び、その後、「不当な転勤命令による退職強要」と裁判に発展することになったのです。
その理由では転勤は拒否できない
転勤を拒否した6人は、転勤に応じられない家庭の事情として次のことを挙げています。
- 妻の母親を週一回病院に連れて行っていかなくてはいけない。
- 50歳に達し関東以外での生活や仕事が不安である。
- 妻の兄夫婦に跡継ぎがなく、転勤中の兄夫婦の家に住んでいるため、空き家にするわけにはいかない。
- とにかく転勤はできない。
- 妻が病気で子供も幼く転勤できない
とにかく転勤できないや、県外での生活や仕事に不安を感じるはともかく、それぞれに転勤できない事情はありました。
この事情を聞いた田中さんは、「転勤を拒否できる正当な理由には当たらないですよ」と返答しましたが、転勤拒否の考えは変わることはありませんでした。
この転勤できない事情について裁判所の判断はそうだったかというと、
「転勤を拒否できる当たるとまではいえない」
としています。
転勤を拒否しなくてはならないほど、家庭に問題を抱えていたというわけではなく、家族や親族の協力次第では乗り越えられる問題です。
余談ですが、下記事例では、転勤命令を受けて「長時間通勤するか、家族で転居するか、単身赴任するかの選択は、家族で決めること」として、会社の転勤命令の正当性を認めているものあります。
地域限定の雇用かどうかは重要なポイントになる
ちなみに、この裁判では、地域が限定された雇用であったか、それとも地域を限定されてない雇用であったかも争点の一つとなりました。
地域が限定された雇用であれば、転勤がないことを条件に雇用されていたと考え、その反対に、地域を限定されてない雇用であれば、転勤があることを承知して雇われていたということになり、どちらの雇用であったかは判決に影響してくるところです。
これついて裁判所は、
- 提示された証拠を見ても、関東限定で雇用された事実はない
- 転勤を命じられたときに、「地域を限定されて採用された」と転勤を拒否する根拠としても主張してない
ことを挙げ、地域を限定された雇用ではなかったと結論付けています。
たとえ就業規則に「転勤を命じることができる」と規定されていたとしても、個別の雇用契約で、転勤のないことを約束していたなら、雇用契約の方が優先されます。
そのため、個別の雇用契約で、地域を限定されて雇用されたかどうかは、重要なポイントになります。
今回の事例では、地域限定の雇用を、個別の雇用契約でしていなかったと認定されたため、就業規則の規定が適用されることが問題とはされなかったのでした。
知っておくべき就業規則の「周知」のルール
また、就業規則は労働監督基準署に届け出ただけでは効力がないことも重要です。
就業規則は、従業員に「周知」しなくてはならず、その周知も、誰でも見れる場所で誰でも見れるようにしておかなければ、周知したことにはならず「効力がない」とされていまいます。
就業規則については、下記の記事をご覧ください。
転勤命令は家庭の事情があってもある程度は許される
転勤を拒否するには正当な理由が必要ですが、それが認められるには、「甘受しがたい著しい不利益」を受ける場合に限られます。
これまで認められた例でも、妻が重い精神疾患を患っていたや、親が介護が必要な状態で自分しか面倒を観る人間がいないなど、現住居を離れられない相当な理由がありました。
単に子供が小さいや、親を週1回病院に連れていかなくてはいけないといった、ライトな事情では、あたり前ですが、認められないということです。
転勤対象者の選定基準まで説明する必要はなし
なおこの裁判では、転勤対象者を選んだ理由を会社が明らかにしなかったことについても触れられています。
そのことについて裁判所は、
- 転勤者を決めるのは、会社が権限と責任に基づてい決定すべきもの。
- その理由は人事の秘密に属している。
- 理由を対象者に明らかにしないからといって違法または不当とはいえない。
とし、どういう選定基準で選んだかまでは説明しなくても良いという見解です。
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