病歴詐称の従業員を解雇できるか?

労使トラブル対策 採用対策

企業が人を採用する場合に、応募者の病歴や現状の健康状態といった健康情報を取得し、それを元に採否を決めることは可能です。

病歴や現状の健康状態は、入社後の働きに大きく関係することで、雇ったはいいが、予定していた業務に就いてもらえない、欠勤するとなると、何のために雇用したのかという話になります。

それでいて、一度雇用すれば、簡単に解雇できないという解雇規制があります。

このような事態を避けるには、応募者の健康情報を取得し、それによって採否を決める必要があります。

しかし、必ずしも応募者が、正直に自身の健康状態を申告するとは限りません。

では、病歴詐称をした人を採用してしまった場合、それを理由に解雇することはできるでしょうか?

この記事では、「身体」の病歴を詐称したケースについて、解説いたします。

業務に支障が出ない程度の病気なら詐称でも解雇できない

結論からいえば、業務に支障が出るほどの身体の病気を抱えていた場合は、解雇できる可能があります。

その反対に、業務に支障が出ない程度の病気であれば、解雇できないと考えておいた方がいいでしょう。

雇用関係は信頼関係で成り立っていますから、それをぶち壊す従業員の病歴詐称は、経営者としては許しがたいことでしょうが、解雇できるかどうかは別の話になります。

なお、病歴を聞くことはプライバシーの侵害になるからと躊躇されるかもしれませんが、企業には採用の自由が認められ、病気を理由に採用を拒否することができますし、後々労使トラブルに発展してしまった場合を思えば、やはりしっかり聞いておくべきです。

では、病歴詐称で解雇できるかどうか争われた判例を2つご紹介いたします。

1.腰痛を隠して採用されたケース

一つ目は、腰痛のケースです(英光電設ほか事件)。

この事例では、腰痛を患っていたことを隠して採用されたことが、この会社の就業規則の虚偽申告に該当し、解雇理由の一つとなりました。

これついて裁判所は、

「業務には、重量物を運んだりする業務も予定されており、被告会社にとっては、採用予定者の健康や身体機能に関する重要な情報であることが認められる」

としましたが、

「会社が、原告に対して既往症の有無について尋ねた旨の主張、立証はなく、また、原告(従業員)が、被告会社に入社した後、本件事故まで8か月余、特段の治療を受けることなく、被告会社における業務に従事してきたことを併せ考えると、原告が面接時などに既往症のことを被告会社に告げなかったことをもって、本件就業規則6条にいう虚偽申告ということも困難である」

と、腰痛の症状がそこまで重いものでなかったことを理由に、就業規則に虚偽申告には当たらないとしました。

そして、

と、採用試験で腰痛のことを告げなかったとして、業務支障が出ない程度の症状であるなら、それだけで解雇にはできないとしたのでした。

応募者の病歴や健康状態を聞いておくことが労使トラブルの防止になる

この判例では、採用試験時に既往症のことについて質問してないことを指摘されています。

持病について聞いても、病歴詐称自体で解雇できないのなら、応募者に聞いてもしょうがないと思われるかもしれません。

また、裁判所も指摘するように、応募者の健康情報は、業務に関係するほどの重要情報であったわけですから、「それなら何で聞いておかなかったの?」という裁判所の突っ込みにも耐えられます。

採用の自由が認められている以上、採用後に生ずる企業の責任について、裁判所は厳し目に見るという特性があります。

そういう意味では、応募者の健康情報は、入社後の業務や配置、労使トラブルに備えて、やはり聞いておくべきでしょう。

2.視力障がいを隠して雇用されたケース

2つ目は、視力障がいのケースです(サン石油(視力障害者解雇)事件)。

これは、視力障がいを隠して重機運転手として雇用されていた従業員が、8年後に視力障がいを理由に解雇されたことを不当として争った事例です。

まず事実認定として

  • 普通の人より幾分見える範囲が狭いことが認められる
  • 重機の運転業務は、通常の運転に比べ、極めて高い危険性がある

を挙げ、視力障がいがある従業員が、当該運転業務に従事することは、危険性を助長することは否めないとし、リスク自体を認めています。

そのうえで最終的な裁判所の判断は、

として、解雇を無効としました。

その理由として、

  • 採用面接で、実地試験として重機の運転を現場責任者の前で行い、問題ないと判断されていた
  • 大型特殊免許が更新されていた

ことを挙げ、このような事実からすれば、客観的に重機運転手の適格性を疑わせる程度のものでないとしたのでした。

ただし、視力の減退から当該従業員を業務不適格としたことについては、

「判断には無理からぬものがあった」

として、解雇は行き過ぎだけど、業務に就かせない判断には、一定の理解を示しました。

病歴詐称を理由に解雇するには

このように、病歴や持病を隠されて雇用したとしても、それだけを理由に解雇することはできないとえいます(たとえ就業規則等で、詐称が解雇事由に該当すると定めていてもです)。

解雇する場合は、病歴詐称とは別に、解雇するための手順を踏む必要があります。

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