一度定めた就業規則を、事業環境の変化や法改正で、労働条件の変更をしなくてはいけなくなることがあります。
とはいえ、従業員の生活に影響する労働条件の変更は、労使間のトラブルを招く怖れがあります。
就業規則の変更で労使間のトラブルに発展させないためには、必要な手続きを行うことと、変更を周知徹底して、従業員の理解を得ることです。
そのためには、法改正や事業環境の変化によって、今後、就業規則に変更があることを、就業規則内に明記しておくことが重要です。
事情によって変更があることを事前に知らせておくことで、従業員の理解を得られやすくなります。
ポイント1.労働基準監督署へ届出る
就業規則を変更するためには、労働基準監督署への届出が必要になります。
その際、労働者の過半を代表する人の意見を聴取し、書面にまとめた意見書の添付が義務付けられています。
※過半数の従業員が加入する労働組合がある場合は、労働組合の代表者となります。
使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。
② 使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。
労働基準法90条
それ以外にも、就業規則変更届と、変更後の就業規則の2つを、意見書と一緒に労働基準監督署提出しなくてはいけません。
その他、就業規則作成の基本ルールはこちらをご覧ください。
ポイント2.従業員の代表者の選び方
労働者の代表を選ぶには、投票や挙手などの民主的な手続きよって選出しなくてはいけません。
法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であつて、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと。
労働基準法施行規則6条の2第1項第2号
また、下記の人は代表者になれないことにも注意しましょう。
- 監督または管理の地位にある人
- 使用者の意向に基づき選ばれた人
従業員の過半数を代表する人の選出方法が正しくない場合は、届け出た就業規則が無効となる場合があります。
ポイント3.就業規則の変更後は「周知」が必要
就業規則を変更した後は、変更後の就業規則を従業員に周知しなくてはいけません。
労働基準法106条には、就業規則は、「常時」「作業場の見やすい場所に掲示」するか、「備え付けること」「書面を交付すること」「そのほか厚生労働省が定める方法」によって「労働者に周知すること」と定められています。
要するに、従業員が、いつでも、どこでも、誰でも、すぐに就業規則を閲覧できる状態が、周知されたという状態で、変更したときだけ周知したでは、周知に当たりません。
就業規則は、労働基準監督署への届出を怠ると、届出義務違反となりますが、周知も同じく義務を怠ると周知義務違反になります。
是正勧告や指導の対象になるほか、罰金を科せられるケースもあります。
仮に従業員と裁判になり、就業規則を労働者に周知してなかった事実があれば、無効とされてしまいます。
就業規則の周知は忘れず行いましょう。
ポイント4.従業員の同意
就業規則の変更の内容は、労働者の過半数を代表する人の意見を聴かなければいけませんが、労働者側の同意までは義務付けられているわけではありません(労働基準法90条)。
したがって、労働者側が変更内容に反対でも、労働基準監督署に、反対の旨が記載された意見書と、変更後の就業規則、就業規則変更届を提出すれば、変更手続きは終わりです。
ただし、就業規則の変更は従業員に不利なケースもあります。
従業員に不利益になる規則の変更とは下記のようなものが該当します。
- 賃金の引き下げ
- 労働時間の変更
- 手当の廃止
- 福利厚生の廃止
この点について労働契約法9条には、就業規則の内容を労働者の不利益に変更する場合は、労働者との合意が必要としています。
ただし、就業規則の変更の内容を労働者に周知したうえで
- 労働者の受ける不利益の程度
- 労働条件の変更の必要性
- 変更後の就業規則の内容の相当性
- 労働組合等との交渉の状況
- その他の就業規則の変更に係る事情
に照らして合理的なものであるときは、変更後の就業規則の内容が適用されるといしています。
就業規則の不利益変更には、少なくとも上記の要件を満たす合理性が必要ということです。
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
労働契約法9条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
労働契約法10条
就業規則の内容を労働者の不利益に変更する場合は、後々のリスクを考えると、どんな内容であっても、同意を得ておく必要があるといえます(もちろん書面で)。
不利益変更の同意が否定された事例
ただし、従業員から不利益変更について同意を得たにも係わらず、その有効性を否定された最高裁の判例もあります。
この事例では、退職金の不利益変更の有効性について争われました(山梨県民信用組合事件)。
信用組合が吸収合併されることになり、その条件として退職金が1/2の減額されることことになりました。
信用組合の管理職らは、やむを得ず同意書に署名押印をしましたが、その同意について無効としたのでした。
その理由として最高裁は、たとえ労働者が変更を受け入れる行為があったとしても、
- 労働者は使用者の指揮命令に服すべき立場に置かれいる
- 自らの意思決定をする情報収集能力にも限界がある
- このような状況下では、署名押印する行為があったとしても、ただちに同意があったとするのは相当でない
とし、
- 当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度
- 労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様
- 当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして
- 当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である
としたのでした。
【関連記事】定年前の75%給与減額。こんな就業規則の不利益変更は許される?!
ポイント5.労働者の自由意思で行わることが重要
最後の
「当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否か」
という点が重要です。
就業規則の不利益変更について、従業員の同意を得るときは、
- 従業員の自由意思で行われたか
- 自由意思で行為がされたことを証明する合理的な理由が客観的に存在するか
という点を満たさなくてはいけないということです。
ポイント6.同意の客観的証拠を積み重ねる
強制的に同意書を得ても意味はないのはもちろんのこと、
- 情報を開示する
- 周知・説明を時間をかけて丁寧に行う
- 協議を重ねる
- 交渉状況を記録する
といった措置を採り、同意書への署名押印が労働者の自由意思で行われたことを証明する証拠を残しておくべきです。
ポイント7.段階的に不利益変更を導入する
また、代償措置として
- 一定の経過措置期間を設ける
- 代替案を提案する
などの措置を挟み、段階的に不利益変更が受け入れられるような体制を築いていくのも有効です。
こういった措置は、裁判でも有利な証拠となるでしょう。
【関連記事】大幅な就業規則の不利益変更には「緩和措置」が求められる
まとめ
就業規則の内容を変更することは、普通にあり得ることです。
法改正の場合の就業規則の変更は、それほど問題にならないでしょう(むしろ変更しないことで労使トラブルが起こります)。
しかし、経営状態が悪化したときの不利益変更は、慎重に行わなくてはいけません。
会社側が対応を誤れば、労使トラブルに発展することも十分に考えられます。
従業員から不利益変更の同意を得たとしても、それが自由意思で行われたと証明できなければ、否定される可能性もあります。
就業規則の変更は、正しいプロセスを経て、慎重に進めていきましょう。
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