職務専念義務とは、就業時間中は、事業主の指揮命令下で職務に専念することをいいます。
就業規則でも、職務専念義務を定めて記載しておくのが一般的で、職務専念義務違反を疑われる従業員に対しては、就業規則に沿って注意・指導・処分を行うことが会社側に有利に働きます。
従業員は労働契約を交わした時点で職務専念義務を負う
職務専念義務は、公務員の場合、国家公務員法や地方公務員法で明文化されています。
その一方で民間の場合は、職務専念義務を明文化された法律はありません。
その理由は、労働契約では、会社は賃金支払義務を負うのに対し、労働者は職務専念義務を負うとされていて、あえて明文化する必要がないからです。
なお、職務専念義務が及ぶ範囲は、身体だけでなく、「精神的活動の面でも注意力のすべてを職務の遂行に向けていなければならない(最高裁:目黒電報電話事件)」とする判例もあり、業務に集中して取り組むことまでを求められているといえます。
これは個人的な見解ですが、一般的に、上の空で仕事に取り組まれたら「やる気のない従業員」と受け取れます。
従業員が賃金に見合った業務を提供するであれば(少なくても従業主が望むレベルで)、現実的に身体も意識も業務に集中させなくてはならず、それであるなら、職務専念義務が身体だけでなく精神も拘束されるのは必然といえるでしょう。
職務専念義務違反になるかどうかのラインはどこ?
とはいえ、就業中なら何でも職務専念義務を問えるかといえば、そんなことはありません。
生理現象であるトイレや体調不良、子供の保育園や学校などからの電話対応で席を離れることまで禁止すると、違法となる可能性があります。
では、どの程度なら職務専念義務違反に問えるのか?許容される範囲とはどの程度なのか判例で見ていきましょう。
1.就業中の私的行為(メール、Web閲覧、電話等)
就業中の会社所有のパソコンから行う私的メールについては、職務専念義務違反に問われた事例と、問われてない事例があります。
職務専念義務違反になった事例
業務中の私的メールが職務専念義務違反になった事例に、K工業技術専門学校(私用メール)事件があります。
これは、勤務中に職場のパソコンで、出会い系サイトでメールでの送受信を2,000回以上行い、懲戒解雇になった事例です。
これについての裁判所の判断は、
「学校の服務規則に定める職責の遂行に専念すべき義務等に著しく反し、その程度も相当に重いものというほかない」
として、懲戒解雇を有効としています。
明らかにやり過ぎな行為なので、ある意味わかりやすい事例ともいえますが、業務に支障が出るほど私用に時間を使っているときは、処分も認められる傾向にあるといえます。
職務専念義務違反にならなかった事例
職務専念義務違反にならなかった事例は、グレイワールドワイド事件です。
この事例も、就業中の会社のパソコンでの私的メールの送受信が、職務専念義務違反になるかどうか争われました。
これついて裁判所は、労働者といえども社会人として生活している以上、就業時間中でも外部とのやり取りを一切禁止することが許されないわけでないとしたうえで
「就業規則等に特段の定めのない限り、職務遂行の支障とならず、使用者に過度の経済的負担をかけないなど社会通念上相当と認められる限度で使用者のパソコン等を利用して私用メールを送受信しても上記職務専念義務に違反するものではない」
としました。
実際この従業員が行ったメールの送受信は、1日2通程度で、現実的にこの量で、会社に経済的負担を掛けたとはいえませんし、業務に支障が出るほどのメールのやり取りともいえません。
したがって、職務専念義務違反には当たらないと裁判所は判断したのでした。
ただし、メールの内容にあった、「アホバカCEO」「気違いに刃物(権力)」といった上司への誹謗中傷については、懲戒事由に該当するとしています。
私的利用を制限する職場環境を作ることが重要
上記、職務専念義務違反になった判例は、メールの送受信の数が2,000回を超えているため、社会常識に照らしても、明らかにおかしいと判断ができます。
しかし、裁判例では、何通のメールを超えたら職務専念義務違反になるか、具体的な数字には言及されていません。
そこで重要になるのが、メールやインターネットの閲覧、電話などの私的行為を制限する職場環境の整備です。
たとえば、私的メールや電話が自由にできる職場環境では、私的行為が多いことでについて注意や懲戒処分をしにくくなってしまいます。
その環境で、もし懲戒解雇を行えば、特定の従業員を解雇に追い込むための嫌がらせと捉えられかねず、解雇を無効とされる可能性が高くなります。
実際に、6カ月間で1,700件のIPメッセンジャーでの私的なやり取りが問題となった、トラストシステム事件では、私的な通信の回数の多さに、職務規律や職務専念義務に違反するが、私的利用が黙認されていたこと、従業員の行為について問題とされなかったことを挙げ、解雇を無効としています。
このように、私的利用を放任する職場環境があれば、裁判所の判断は従業員側へと傾きます。
それに対し、就業規則で私的行為についてのルールがあれば、それを逸脱した従業員は言い逃れできない状況となるでしょう。
したがって、職務専念義務を定めて、メールや電話等の私的行為のルールを決めることは、会社を守るうえでとても重要なことになるのです。
私的メールの送受信を疑う従業員への調査は、「業務中に行われた私的メールの調査は個人のプライバシーを侵害しないか?」をご覧ください。
2.終業後の副業
会社が副業を禁止することは、職業選択の自由(憲法22条)を保障されているため、特別なケースを除いて難しいといえます
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
憲法22条
そのため、就業規則等で副業を禁止していても、それがそのまま職務専念義務違反になるわけではありません。
ただし、副業が本業に支障を来すような状態であれば、懲戒処分を行っても認められやすくなります。
副業による懲戒解雇が認められた事例
副業による懲戒解雇が認められた事例として、小川建設事件があります。
これは、就業時間終了後に、キャバレーで毎日6時間、深夜までアルバイトをしていたことについて、懲戒解雇が認められた事例です。
その理由として、
- 会社に承諾を得ることなくアルバイトをはじめたこと
- 毎日6時間を超える労働は、単なるアルバイトの域を超えていること
を挙げています。
なお、この裁判では、職業選択の自由を認めつつ、会社が副業を制限することの正当性について、
- 従業員が休養をとって翌日等の就業に備えることは、事業主にとって重要なことであり、関心をもつのは当然であること
- 企業秩序を乱す怖れがあること
- 企業の対外的信用、対面が傷つけられることがあること
を挙げていて、会社が副業を制限することが(許可制にするなど)、必ずしも否定されるわけではりません。
副業による解雇が認められなかった事例
会社が禁止していた兼業をしたことで普通解雇にされた事例として、都タクシー事件があります。
この事例では、従業員が非番の日に輸出車を船積みするアルバイトを行い、それによって会社から普通解雇されましたが、裁判所は権利の濫用として無効にしました。
その判断について裁判所は
- 月7、8回のアルバイトだったが、本業に支障が出てないこと
- 他の従業員も半ば公然と行っていたこと
- 副業について会社は具体的な注意をしていないこと
を挙げています。
上記2つの判例からもわかるように、副業が理由で行った懲戒処分が認められるには、「本業に支障を来しているかどうか」がポイントになります。
また、副業を許可制にしてない、許可を得ず副業をしても注意されない、といった、副業を暗黙裡に認める環境があると、それも懲戒処分を否定される理由となります。
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