労働基準法2条には、使用者と労働者は、就業規則の内容を守らなくてはいけないと定められ、労働契約法3条5項には、使用者と労働者は権利の濫用をしてはならないともされています。
労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない。
労働基準法2条
労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。
労働契約法3条5
権利の濫用とは、認められた権利の範囲内の行動であっても、社会通念上許容できない方法をとることをいいます。
このことを就業規則内で定めているのが、規則遵守の義務です。
従業員は、就業規則を守る義務がありますが、就業規則内で認めた権利であっても、その権利を濫用してはならないことを定めたものです。
このような規定を入れておくことで、権利の濫用を防ぎ、職場内の規律を守ることに役立ちます。
本来の目的から逸脱した権利の行使
権利の濫用とは、権利を行使することは認められていますが、その権利の本来の目的を逸脱した形で行使されることをいいます。
労働契約法3条5項は、労使ともに権利の濫用をしてはならないことを定めた条文ですが、主に使用者側に対して使われるのが一般的です。
解雇権、人事権、懲戒権など、使用者側がこれらの権利を本来の目的から逸脱して行使すると、労働者側にとって非常に不利に働きます。
たとえば、辞めさせる目的で、降格したり転勤を命じられると、従わざるを得ない立場の従業員は、どんどん追い詰められていくことになるでしょう。
使用者に認められた権利であっても、その行使が本来の目的から逸脱したものは、労働者を守るために待ったを掛けなくてはいけません。
使用者の横暴を止める意味で、労働者を守る意味で、権利の濫用は重要な役目を果たします。
労働者にも適用される権利の濫用
ただしこれは、労働者側にも当てはまります。
従業員が認められた権利だからといって、何でも許されるわけではありません。
たとえば、年次有給休暇の取得です。
一定の要件を満たせば、年次有給休暇を取得することは、労働者に認められた権利となります。
労働者が時季を指定して有給休暇を取得することを、時季指定権といい、使用者が業務の多忙などを理由に、指定された有給休暇の取得日を変更することを、時季変更権といいます。
使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない。
労働基準法39条
年次有給休暇は労働者に認められた権利といっても、いつでも有給休暇を取得して良いとすれば、業務に支障が出てしまいますし、取得の動機も「嫌な業務があるから休みたい」では、業務の運営もままならなくなります。
使用者側から見れば、それこそ時季指定権の権利の濫用です。
有給休暇の取得の意味は、労働者の心身の疲労を回復させ、また、仕事と生活の調和を図るためにあり、嫌な業務を避けるためであるなら、本来の目的から逸脱しているといえるでしょう。
従業員の有給取得を権利濫用とした判例
この点について争われた日本交通事件では、労働者側の有給休暇の取得を、時季指定権の権利の濫用として違法としました。
この事例では、タクシードライバーが集団で、従業員間で嫌がられている夜間専用乗車を拒否する目的で、年次有給休暇を取得していました。
業務が嫌だという理由で、有給休暇を集団で取得されては、業務が回らなくなります。
そこで使用者側が待ったをかけて(時季変更権)、争いになったというわけです。
これについて裁判所の判断は
- 特定の日や時期に有給休暇を取得したいというのは、その日、その時期に取る意味があるから(たとえば、〇月〇日に予定している用事があるなど)。
- しかし、本件のように、業務が嫌だから拒否する目的で取得する有給休暇は、本来の目的と同視できない
- 本来の目的から大きく逸れながら、年次有給休暇の自由利用の原則を根拠として、時季指定権を行使することは権利の濫用となる
としました。
権利の濫用を防止する一言を就業規則に入れておく
以上のように、権利の濫用は使用者だけでなく、労働者にも適用されます。
権利があるからと何でも認めてしまえば、業務の運営にも支障が出て、職場内の規律も保てなくなります。
権利の濫用にストップをかける文言を就業規則に入れておくことで、それらを未然に防げます。
「権利の濫用をしてはいけない」と、就業規則に入れておきましょう(もちろん、労使共に)。
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