労働安全衛生規則43条には、事業主が、常時使用する従業員を雇い入れるときは、その従業員に対し、医師による健康診断を受けさせなくてはいけないと定められています。
事業者は、常時使用する労働者を雇い入れるときは、当該労働者に対し、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。ただし、医師による健康診断を受けた後、三月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については、この限りでない。
安全衛生規則43条
ただしこれは、雇用後の適正な配置や業務を決める判断材料としてや、健康管理に役立てるための措置です。
健康診断を採用選考時に実施することを義務付けるものではなく、応募者の採否を決めるために実施するものでないことに注意しなくてはいけません。
なお、後述しますが、応募者の健康情報を取得することは可能ですが、その場合でも、無制限に認められているわけでないことに注意が必要です。
応募者の健康情報を企業は取得できる
厚生労働省の「公正な採用選考の基本」には、採用選考の方法として、
・合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施
は行わないようにと指導しています(※あくまで「配慮」すべきことで、「してはいけない」と禁止はされていません)。
その一方で、企業には「採用の自由」が認められています。
企業がどのような人を雇うかは、法律等に制限がない限り、自由に決定できるというのが原則です。
採用の自由は、応募者の健康状態や病歴についてもいえ、会社が応募者の健康状態や病歴の情報から採否を決めることは可能です。
この点、厚生労働省の「公正な採用選考の基本」にある「合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施」という指導項目と矛盾するように思えますが、上記ガイドラインが示すのは、合理的理由や客観的に見て必要性のない健康情報の取得です。
逆に言えば、合理的・客観的に必要性があれば、その範囲で認められるということを意味します(もちろん、要件を揃えた上でです)。
企業に認められた採用の自由
この病歴や健康状態の情報を、採用の採否に利用したことについて争われた裁判に、B金融公庫(B型肝炎ウイルス感染検査)事件があります。
この事件では、
- B型肝炎ウイルスに感染していることを理由に不採用になった
- 無断でB型肝炎ウイルスの検査を受けさせた
ことが争点となりました。
これについて裁判所は
「企業には、経済活動の自由の一環として、その営業のために労働者を雇用する採用の自由が保障されているから、採否の判断の資料を得るために、応募者に対する調査を行う自由が保障されているといえる」
と、採用の判断を行うために、応募者に対して調査を行う自由が保障されていることを認めています
さらに、応募者の健康・病歴を調査することについて
「労働契約は労働者に対し一定の労務提供を求めるものであるから、企業が、採用にあたり、労務提供を行い得る一定の身体的条件、能力を有するかを確認する目的で、応募者に対する健康診断を行うことは、予定される労務提供の内容に応じて、その必要性を肯定できるというべきである」
と肯定しています。
ただし、この健康診断等を行うのに、労働安全規則43条や職業安定法66条を根拠にするのは間違っていて、この2つの条文が想定しているのは、雇用後の
- 適正な配置を行ため
- 健康管理のため
に行うものであって、
「採用選考時に実施を義務付けるものでも、応募者の採否を決めるために実施するものでない」
ということも同時に指摘されています。
一定の範囲を超えた応募者の健康情報を取得すると損害賠償の対象にも
企業には採用の自由があり、それを担保する形で健康状態や病歴を取得することも認められてはいますが、そこには一定の制限があります。
まず、入社後の配置や、従業員の健康管理のためという目的があっても、無制限に病歴や健康状態の情報を取得しても良いわけではありません。
取得できる健康情報は、応募者の能力や適性を判断する範囲(勤務に耐えうる健康状態かどうか等)にとどめられ、業務と関係のない病歴や健康状態の情報まで取得することは、損害賠償の対象となる可能性があります。
たとえば、先述したB金融公庫(B型肝炎ウイルス感染検査)事件では、
「特段の事情がない限り、採用にあたり応募者の能力や適性を判断する目的で、B型肝炎ウイルス感染について調査する必要性は、認められない」
として、調査することを否定しています。
さらに、当時の時代背景として、B型肝炎ウイルスの誤った情報から、誤解や偏見の対象となることがあったとし、
「このような状況下では、B型肝炎ウイルスが血液中に常在するキャリアであることは、他人にみだりに知られたくない情報であるというべきであるから、本人の同意なしにその情報を取得されない権利は、プライバシー権として保護されるべきである」
と、明確な線引きをしています。
センシティブな健康情報を取得する場合の条件
もし、業務上の必要性から、センシティブな病歴や健康状態を応募者から取得する場合でも、
- 応募者に対し、その目的性や必要性について事前に告知すること(個人情報保護法17条)
- そのうえで応募者に同意を得る
という要件を満たした場合に「限られる」とし、健康情報の取得に際し、より一層の慎重な姿勢が求められることを示しています。
(利用目的の特定)
第十七条 個人情報取扱事業者は、個人情報を取り扱うに当たっては、その利用の目的(以下「利用目的」という。)をできる限り特定しなければならない。
2 個人情報取扱事業者は、利用目的を変更する場合には、変更前の利用目的と関連性を有すると合理的に認められる範囲を超えて行ってはならない。
個人情報の保護に関する法律17条
まとめると、
- 採用に際し応募者の健康情報(病歴や健康状態)を取得することは可能
- しかし、取得できる範囲は限られている(下記、安全衛生規則43条を参考)
- その範囲を超えて情報を取得するときは、取得することに業務上の必要性があり、そのことを事前に告知し(個人情報保護法17条)、なおかつ、応募者の同意を得る、という要件を満たさなくてはいけない
一 既往歴及び業務歴の調査
二 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
三 身長、体重、腹囲、視力及び聴力(千ヘルツ及び四千ヘルツの音に係る聴力をいう。次条第一項第三号において同じ。)の検査
四 胸部エックス線検査
五 血圧の測定
六 血色素量及び赤血球数の検査(次条第一項第六号において「貧血検査」という。)
七 血清グルタミックオキサロアセチックトランスアミナーゼ(GOT)、血清グルタミックピルビックトランスアミナーゼ(GPT)及びガンマ―グルタミルトランスペプチダーゼ(γ―GTP)の検査(次条第一項第七号において「肝機能検査」という。)
八 低比重リポ蛋たん白コレステロール(LDLコレステロール)、高比重リポ蛋たん白コレステロール(HDLコレステロール)及び血清トリグリセライドの量の検査(次条第一項第八号において「血中脂質検査」という。)
九 血糖検査
十 尿中の糖及び蛋たん白の有無の検査(次条第一項第十号において「尿検査」という。)
十一 心電図検査
安全衛生規則43条
パート・アルバイトも安全衛生規則43条の対象になることも
なお、パート・アルバイトであっても、下記の条件に該当する人は、安全衛生規則43条にある健康診断を受診させなくてはいけません。
- 雇用期間の定めのない者
- 雇用期間の定めはあるが、契約の更新により 1 年以上(注)使用される予定の者
- 雇用期間の定めはあるが、契約の更新により 1 年以上(注)引き続き使用されている者
(注)特定業務従事者(深夜業、有機溶剤等有害業務従事者)にあっては 6 ヶ月以上
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