業務委託契約で支払ったお金が、「外注費」と認められるためには、そのお金が「事業所得」の基準に該当しなくてはいけません。
事業所得とは
「自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」
とされています(最高裁判所昭和56年4月24日第二小法廷判決)。
何のことかよくわからない文章ですが、大事なのは冒頭の「自己の計算と危険において独立して営まれ」です。
この基準を満たすかどうかの判定に消費税基本通達1-1-1の4つの基準があるわけですが、この「自己の計算と危険において」をどう考えるか、よくわかる判例があります。
麻酔医が受け取ったお金は「給与」と判定された事例
この判例は、麻酔医が病院から得た収入が、業務委託契約による「報酬」になるか、それとも「給与」になるかで争われた事例です(東京地方裁判所平成23年(行ウ)第127号)
納税者(麻酔医)の主張は、報酬になる(事業所得)。
国税の主張は、給与になる(給与所得)でした。
結論からいえば、納税者の主張は退けられ、事業所得と判断されました。
その中で、裁判所の「自己の計算と危険において独立して営まれ」についての解釈があり、それがとても参考になるのでご紹介いたします。
麻酔医と病院との事実関係
まず、麻酔医と病院との事実関係についてです。
麻酔医が収入を得ていたのは複数の病院からでしたが、ここでは1つの病院との事実関係の中から、「自己の計算と危険において」に関わる部分を挙げていきます。
- 麻酔医と病院は、手術中の麻酔管理やハイリスク症例並びに、合併症を有する症例に対しての術前コンサルテーションを業務内容とする契約を締結していた。
- 手術への報酬は、1例2時間までの2例分までは12万円、追加1例(2時間)ごとに4万円、1例当たり2時間を超過した場合には30分ごとに5,000円。
- 手術や麻酔施術の難易度や用いる薬剤等の価格などに応じて変動する報酬体系ではない。
- 手術に必要な麻酔設備、麻酔器具、医療行為に必要な包帯やガーゼ等の消耗品は、病院が準備したものが使用してた。
- 麻酔薬剤は、病院が調達したうえで、病院が患者または公的医療保険から受領することとされていた。
- 手術時に過誤があり、損害が生じた場合には、麻酔医に重大な過失があった場合は別として、原則、病院がその責任を負うこととされていた。
麻酔医の主張
上記の事実関係について麻酔医の主張は次の通りでした。
- 病院との間で、1例分の単価に基づいて症例数に応じて出来高を定め、最終的に時間に応じて出来高を調整する報酬の定め方をしているが、これは、請負ないし業務委託契約の労働対価の定め方そのものであるといえ、収入は一定しておらず極めて不安定だった。
- 麻酔手術に必要な器具や機器は、呼吸回路につながっており、原告が病院に持ち込むことは物理的にも安全対策上も不可能だった。
- 術衣や手袋についても、手術室内の安全対策と環境保持のためには、外部から持ち込むことは考えられない。
- 麻酔器具等の設備の使用料や消耗品代をディスカウントした上で病院との間の報酬を決めており、これらの費用を実質的に負担している。
- 麻酔薬剤は、麻薬または劇薬として保管について法の規制を受けており、これを原告が携行、持参することは考えられない。
- 薬剤代については病院が患者または保険者に請求して受領することを承諾した上で業務委託契約を締結している。
以上の理由から、病院から受取ったお金は、「事業所得(業務委託契約)」と主張しました。
裁判所の判断
それに対し裁判所は、
- 事業所得の本質は、自己の計算と危険において独立して反復継続して営まれる業務から生ずる所得。
- それに対し、給与所得の本質は、自己の計算と危険によらず、非独立的労務にある。
ことをまず挙げ、次に「自己の計算と危険において」を判断する基準として
- 経済的活動の内容やその成果等によって変動し得る収益や費用が誰に帰属するか
- 費用が収益を上回る場合などのリスクを誰が負担するかという点
を見なくてはいけないとししました。
それを今回の事例に当てはめると
報酬について
- 手術の報酬は、手術時間の延長で増額される取り決めもあるが、手術数が1例であっても2例であっても基本は定額
- 手術の難易度や薬剤の単価によって、報酬が変動するようになってない
判断
医療行為等に対する対価として、患者や公的医療保険から病院に支払われる診療報酬の金額の多寡に応じて、麻酔医に対する報酬が変動する報酬体系にはなっていないと認められる。
費用等の帰属について
- 麻酔設備や麻酔器具、手術に使うその他備品は、病院が準備している
- 麻酔薬剤も病院が準備している
- 薬剤の代金も病院が患者から徴収している
- 手術で事故があった場合の責任も、基本、病院が負っている
判断
麻酔業務から生ずる費用は、基本的に病院が負担しており、麻酔医は、たとえば高額の麻酔機器を購入することによって生じる費用(減価償却費)が麻酔業務から生じる収益を上回るなどして、麻酔業務による損益計算が赤字になるというような事業の収支から一般的に生じ得る危険を負担することはない。
総合判断
以上の理由から、麻酔医が病院から得た収入は、「自己の計算と危険において営まれる」事業所得では「ない」。
「費用は報酬から引かれていた」はずだが・・・?!
ただ、費用について麻酔医は、
「麻酔器具等の設備の使用料や消耗品代を差し引いた上で、病院との間の報酬を決めている」
としていました。
要するに、実質的に経費は負担していた、というわけです。
この点について裁判所は、
- 報酬を定めるに当たって、費用を具体的に算出したことを認めるに足りる証拠はない。
- 仮に、麻酔医が主張するように、費用の一部を負担する趣旨で報酬を減額して決めたという事情があったとしても、「費用が収益を上回って赤字になることはない」「手術が失敗したときの責任を負うことはない」ことを考えれば、やはり「自己の計算と危険において」事業を営んでいることにならない
と、麻酔医の主張を認めませんでした。
リスクの所在がポイント
業務委託契約が「事業所得になるか」、それとも「給与所得になるか」の判定は、その他にも、空間的、時間的束縛があるかも関係してきますので、リスク負担が誰に帰属するかだけで決まるわけではりません。
しかし、その判定の大きな部分を占めるといっても過言ではないでしょう。
なぜなら、事業所得の概念に「自己の計算と危険において」と規定されているからです。
以上のことから、業務委託契約を「給与」と否認されないためには、
- 売掛金の未回収の責任(売掛販売を認めるかの判断も含む)
- 事故が起きたときの責任
- 費用が収益を上回るリスク(価格を設定する権限を含む)
といったリスクを、業務請負者が負う様態になってないることが望ましいといえます。
まとめ
この記事では、「自己の計算と危険において」を裁判所がどのように考えるかの事例をご紹介しました。
先述しましたが、事業所得の概念に「自己の計算と危険において」と定義されている以上、リスクを請負者が負うということは外せないように思えます。
一般的な、まったくの第三者と業務委託契約を交わす場合、やはりリスクを負うのは請負者ですし、それが当たり前といば当たり前でしょう(元請けが金銭賠償も含めて全責任を負ってくれる寛大な業務委託契約はあるのでしょうか?)。
事例を参考に、ポイントをしっかり押さえて、否認されない業務委託契約を結びましょう。
「外注費」と「給与」の違いをしっかり理解するなら、下記リンク先記事が役立ちます↓
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