ミスを連発する問題社員、ときにはそれが取引先の信用を失う重大な失態になることもあります。
そんな問題社員を、降格にしたことは認められながら、降給にしたことは無効とされた事例があります。
降格が認められながら、降給が認められなかった理由、それは具体的な根拠を明示してなかったことにありました。
主任の管理能力に疑問符
Z製作所は、精密機械部品の製造を手がける中堅企業として、創業50年の歴史を持っています。
※このお話は、判例を元にしたフィクションです。
自動車業界や産業機械メーカーを主要取引先とし、高品質な製品の安定供給により信頼を築いてきました。
同社では、品質管理と顧客満足を経営の根幹に据え、従業員には高い専門性と責任感を求めています。
従業員Xは入社10年目のベテランで、製造部門の主任として現場をまとめる立場にありました。
技術力は確かで、若手の頃は優秀な作業者として評価されていました。
しかし、主任昇格後の数年間で、その管理能力に疑問符が付くようになっていました。
問題の表面化
最初の深刻な問題は、品質クレームの増加でした。
Xが管理する製造ラインから出荷された製品について、主要取引先のA自動車から「寸法精度の不備」「表面処理の不良」といった品質問題の指摘が相次ぎました。
製造業において品質問題は企業の生命線に関わる重大事項であり、取引関係の悪化は会社存続の危機に直結します。
品質管理部は早急に調査を開始しました
この調査により、問題の根本原因が明らかになりました。
Xの管理するラインでは、作業標準書の確認が不十分で、部下への指導も曖昧だのです。
さらに、品質チェックの記録に不備があり、不良品の流出を防ぐシステムが機能していませんでした。
工場長は、Xとの面談で状況を確認しました。
Xは問題を認めましたが、「部下が言うことを聞かない」「作業が複雑すぎる」と終始弁解し、管理者としての自らの責任感に欠ける発言が目立ちました。
問題社員への改善への取り組み
Z製作所は、Xの能力向上に向けて具体的な支援策を講じました。
まず、外部の管理者研修に参加させ、リーダーシップやコミュニケーション技術の習得をさせました。
さらに、社内でもOJT指導者を配置し、日常的な管理業務のサポートを行いました。
そして、品質管理の手順を再確認し、作業標準書の見直しも実施しました。
会社としては、Xの問題を個人の問題として捉えるのではなく、組織全体の課題として考え、建設的な解決を目指しました。
しかし、3ヶ月後、再び重大な問題が発生します。
Xの管理ミスにより、規格外の製品が大量に出荷され、取引先での組み立て作業が停止する事態となったのでした。
損害額は500万円を超え、Z製作所の信用は大きく失墜しました。
取引先のA自動車の調達部長からは、「品質管理体制の抜本的な見直しがなければ、取引継続は困難」との厳しい通告を受けました。
A自動車は、年間売上の40%を占める重要取引先です。
もし取引停止になれば、会社存続に関わる問題となります。
人事権行使の必要性
このような事態を受け、Z製作所は慎重な検討を行いました。
人事部では、Xの能力評価を客観的に実施しました。
Z製作所では、主任職に求められる能力基準として「品質管理能力」「部下指導力」「問題解決能力」「コミュニケーション能力」を明文化しています。
過去1年間の実績を詳細に分析した結果、Xがこれらの基準を満たしていませんでした。
評価を元に適正を判断し、Xを主任職から一般職へ降格させることが決定しました。
降格に伴い、主任手当10,000円の支給が停止されました。
これは、給与規程に明確に規定されている「主任職に対する職責手当」であり、降格により職責を失った以上、支給されないのは当然の措置でした。
同時に、ジョブグレード制度に基づいて基本給の調整も行われました。
同制度では「基本給は職務等級に応じて設定する」とされており、主任職1等級から一般職3等級への変更に応じて、基本給を約10万円減額されることになりました。
しかし、給与規定に定められた規定とはいえ、月額11万円の減給は、Xの生活を揺るがす大ダメージとなります。
Xは、この人事措置を人事権の濫用として不服申し立てを行い、最終的に裁判で争うことになりました。
裁判では、降格の有効性について、会社側の主張が認められました。
製造業における品質管理の重要性と、Xの能力不足が客観的に証明されたことが決め手です。
主任降格に伴う手当の減額については、主任手当は給与規定に基づき、「主任」という役職に対して支払われるものであることが明確であるため、有効と認められました。
予想外の判決とその影響
しかし、基本給の減額については、Z製作所の予想外の判断が下されました。
裁判所は
「ジョブグレード制度の具体的な運用基準が従業員に明示されていない」
として、基本給の減額を無効と判断しました。
基本給の降給が無効となった理由
賃金を減額するときは、労働者と合意があれば行うことができます。
(労働契約の内容の変更)
第八条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
労働契約法8条
では、労働者との合意がなければ、賃金の減額はできないかといえばそんなことはありません。
原則では、労働者の不利益となる減給は、同意が必要となりますが、就業規則に根拠があれば減給を行うことができます。
第九条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
労働契約法9条
第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
労働契約法10条
ただし、労働契約法10条にもあるように、就業規則に減額の根拠があれば何でも許されるわけではなく、減額幅や、減額の必要性など、それが「合理的なもの」であることが条件となっています。
そのため、月額が10万円以上のような大幅な減額は、問題となるケースが多くなります。
減額の根拠がないことも問題
さらにこの判例では、「基本給はジョブグレード別に月額で定める」としてありながら、具体的な金額やその幅、運用基準が従業員に明らかにされていなかったことも、無効の理由とされました。
「明らかにされていなかった」とあるので、就業規則に記載されていなかったのか、もともと具体的な基準がなかったのかわかりませんが、降給の根拠を否定されないためには、
職位や役職などによって階級を定め、その階級ごとの給与の幅を決めておく。
何をしたら降格・降給になるか、その基準を具体的にしておく。
その内容を、就業規則に記載しておく。
ということが必要だったといえるでしょう。
まとめ
今回の事例では、役職の降格・降給は認められましたが、基本給の降給は権利の濫用とされてしまいました。
その理由は明確で、根拠をきちんと明示できていたかどうかにあります。
役職手当は根拠が明確にありましたが、基本給の減額には明確な根拠が示されていなかったことが、無効とされた理由となります。
ただし、たとえ根拠があっても、大幅な減額は避けるべきです。
減額の幅が大きすぎると、それだけで無効とされる可能性が高くなります。
救済措置の検討も含めて、慎重に進めていきましょう。


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