万が一、転勤命令が裁判に発展した場合に備えるには、次の4つの条件をクリアしておかなくてはいけません。
- 説明をしたうえで雇用契約書で従業員の同意を得ておくこと。
- 不当な動機・目的でなされたものでないこと。
- 社会通念上甘受できないほど著しい不利益を与えてないこと。
- 転勤を命じるにあたって十分な配慮をすること。
今回ご紹介するケースでは、幼い子供のいる共働きの家庭で、夫婦別居の単身赴任を強いることは、公序良俗に反するのではないかとの労働者側の主張がありました。
しかし、上記4つの条件を会社が揃えていたことで、労働者の主張は退けられました。
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幼い子供と妻を残しての転勤。会社の転勤命令は認められないのか?!
株式会社Aは、東京支店から名古屋支店への人事異動の計画を立てていました。※このお話は判例を基にしたフィクションです。
人選においては、業務経験、地域への適応能力、そして公平性を考慮し、最終的に、中田さん(仮名)を含む複数の社員が異動対象となりました。
中田さんを選んだ理由は、新たな営業スキルの習得や地域市場への理解を深めるために、異なる環境での経験が必要だと判断したからです。
中田さんに転勤命令を出した理由は、それだけではありませんでした。
就業規則には「業務の都合により勤務地や職種を変更できる」と明記されていて、中田さんが入社時に締結した労働契約書にも同様の条項があったからです。
中田さん本人も転勤があることに同意しており、転勤を命じても問題ないだろうとの認識をしたのです。
「これなら大丈夫」
会社は、中田さんに名古屋支店への転勤を命じました。
会社が転勤に際し行った配慮
会社は転勤を命じるにあたり、事前に丁寧な説明を行いました。
転勤の必要性については、営業のキャリアを上げていくには、この異動が有益であると説明し、中田さんに理解を求めました。
また、単身赴任に伴う経済的負担を軽減するため、会社として可能な支援策を提案しました。
中田さんは最初は拒否しましたが、最終的には、転勤命令に従い名古屋へ単身赴任することにしました。
さらに会社は、まだ子供が幼く、妻が一人で子供の面倒を見ていることを考慮し、定期的な帰省が可能となるよう配慮しました。
経済的な面でも、名古屋での住居確保について支援を行いました。
しかしその後、会社は中田さんから「転勤によって、子供や妻と別居せざるを得なくなった。転勤命令は無効であり、債務不履行または不法行為に当たる」として損害賠償を求められたのです。
従業員の主張は認められるか?
中田さんの訴えは次の通りでした。
- 就業規則の定める「従業員に転勤命令を拒否する正当な理由がないこと」という要件を満たさず無効である。
- 転勤命令は、原告らの家族生活を営む権利あるいは両親の養育する権利などを侵害する違法なものであり、不法行為にあたる。
- 転勤を命じるにあたって十分な配慮をする信義則上の義務に違反した。
- 業務の必要性はなく、権利を濫用した。
これらの主張について結論からいえば、裁判所の判断は、「会社の転勤命令権を広く認め、労働者が転勤によって受ける不利益が通常甘受すべき範囲内である」と判断し、原告らの請求を退けました。
その理由については次の通りでした。
転勤命令が正当と認められた理由
- 就業規則および労働契約に基づき、会社には業務上の必要に応じて勤務場所を決定する権利がある。
- 担当者の育成や組織の活性化といった点で、転勤には業務上の必要性が認められ、不当な動機・目的でなされたものではない。
- 正当な理由のある会社転勤命令で、単身赴任を選んだのは、本人と妻の選択であり、その結果、同居できなかったといって、公序良俗に反するということはできない。
- 会社は、転勤の内示、説明、説得を行い、住宅手当などの配慮もしており、信義則上の配慮義務に欠けるところはない。
以上のように、会社の転勤命令を有効とし、転勤命令を拒む正当な理由はないと、中田さんの主張を退けたのでした。
まとめ
この判例は、平成8年のもので、家族や女性の仕事環境の考え方について、今とは異なる部分もありますが、基本的な考え方は同じといえるでしょう。
転勤の必要性を丁寧に説明し、配慮が必要であれば(経済面や家族面や時間面など)できるだけ行って、同意を得ることが後々のトラブルを防ぐ意味で重要です。
ちなみに、転勤の承諾については、就業規則とは別に、雇用契約書で個別に承諾を得ておくのがベストです。
別の判例では、雇用契約書で同意を得てなかったことを理由に、会社側が敗訴した事例があります。
採用の段階で、転勤がないことが前提(勤務地限定の採用)で雇用されたのであれば、話が変わってきます。
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