転勤命令は、会社に認められた権利ですが、それでも無制限に認められるわけではありません。
転勤命令は、業務上の必要性があって認められることはもちろん、
- 不当な動機・目的でなされてないこと
- 従業員に対して著しく不利益を与えないこと
の2つを満たさなければいけないというのが裁判所の考え方です。
嫌がらせ目的の転勤は別の機会に触れるとして、この記事では、従業員の不利益に対しては、どの程度までなら許されるか、そのラインついて、判例を交えて考えてみたいと思います。
通勤2時間の転勤は許されるか?
山本さん(仮名)は5年間、東京本社で勤務してきたエンジニアでした。
※このお話は、判例をもとにしたフィクションです(判例は事実)。
夫と二人の子供と共に築いた都心の生活に満足していた彼女は、ある日突然、人事部長から八王子事業所への転勤を命じられました。
「Aプロジェクトチームで退職予定の従業員の補充が急務なんだ。製造現場の経験がある40歳未満の社員という条件で、君が最適任者だよ」
山本さんは困惑しました。
現状1時間の通勤時間は片道2時間に延びます。
引っ越しとなれば、子供たちの保育園も変えなければならず、夫の通勤時間にも影響してきます。
山本さんは納得できず、転勤を拒否。
意思表示として、会社に出社しなくなりました。
会社側は、この事態を受け、できるだけ山本さんが転勤を受け入れられるよう、条件などについて配慮を行いたいと話し合いを申し出ました。
しかし、山本さんは話し合いに応じようとはせず、転勤拒否を貫いて欠勤を続けました。
その結果、会社から懲戒解雇をいい渡され、その無効を求めて裁判で争うことになったのでした。
転勤命令が権利濫用とされなかった理由
この裁判(最高裁)では、結論からいえば転勤命令は有効としました。
判定ポイント・転勤の必要性はあったか?
まず、業務上の転勤の必要についてです。
前提として、会社の就業規則には、「会社は、業務上必要あるとき従業員に異動を命 ずる。なお、異動には転勤を伴う場合がある」との定めがありました。
その裏付けとして、会社は他の従業員にも転勤を命じていました。
つまり、会社は、山本さんを狙い撃ちして嫌がらせで転勤を命じたわけでなく、転勤があることは通常の状態だったということです。
そのうえで、山本さんに転勤を命じた背景に、次の事実関係があったことを挙げました。
- 退職する人が2名あり、その補充をする必要性があった。
- 補充対象の業務を経験者している者で、かつ業務の性格上40歳以下という選定基準を設け、これにもとづき選んだ。
この事実から、転勤は業務上必要だったと判断しました。
判定ポイント・甘受しがたいほどの著しい不利益はあったか?
次に、転勤によって被る従業員の不利益が、甘受しがたいほど著しいかの判定です。
これついて裁判所は、山本さんにとって不利益は必ずしも小さくはないが、甘受しがたいほど著しいとまではいえない、として、権利の濫用には当たらないとしました。
その理由については、次のことを挙げています。
- 命じられた転勤先は、転居まで伴う転勤ではない(実際、転勤先の事業所には、通勤に1時間20分~2時間以上かかる人が男女合わせて約20人いる)。
- 転勤先でも子供の保育施設はいくつかあり、預け先を探すことがさほど困難とはいえない。
- 転勤先までの距離が通勤可能な距離の場合、長時間通勤するか、家族で転居するか、単身赴任するかの選択は、家族で決めることであり、転勤命令が不条理とまではいえない。
ちなみにこのケースの場合、雇用契約では、山本さんと会社で勤務先を限定しない合意がされたとは認められないとしています。
つまり、勤務先は地域限定で採用された雇用契約であったということでしたが、事実関係から転勤を有効とする判断となったのでした。
雇用契約書で転勤の同意を得ておくことはマスト
ただし裁判所は、状況が変わったとはいえ、地域限定で採用された従業員に転勤を命じることが許されるものでもないと付け加えています。
後からもめないためには、しっかりした説明と、雇用契約書で同意を得ておくことはマストといえるでしょう。
実際、雇用契約書で同意を得てない転勤名入れは無効との判例もあります。
※勤務先が限定されるかどうかの採用時の説明は、すでに義務化されています。
転勤を有効と認められるために必要な条件
以上のことから、山本さんへの転勤命令は権利の濫用ではないとされました。
この事例からわかることは、
- 転勤を命じる可能性があるなら、雇用契約書で、転勤があることに同意を得ておく。
- 業務上の必要性があることを根拠を持って説明できること。
- 転勤への配慮を十分しておく。
といったことは最低でも必要になるということです。
育児・介護をしている従業員への転勤は十分な配慮の上で
なお、介護・育児をしている従業員への転勤命令は、より慎重な配慮をしなくてはならないと、定められていることを付け加えておきます。
事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。
育児介護休業法 第26条
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