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・【無料】労使トラブルを防ぐ雇用契約書の作り方「例文付き」完全ガイド
従業員の転勤は、親の介護や子供の教育、配偶者の勤務先、自身や家族の健康状態など、家庭に及ぼす影響が大きいため、労使トラブルの原因となることがあります。
しかし、会社には会社の事情があり、転勤を命じざるを得ない現実もあります。
そこで重要になるのが、「雇用契約書」です。
雇用契約書で、転勤があること、転勤命令が出された際は拒否できないことを、従業員から「同意」を得ておくことがキーポイントになります。
約束が違った転勤命令
川田さん(仮名)は、ポケットから取り出した封筒を握りしめていました。※このお話は、判例をもとにしたフィクションです。
その封筒の中身は、「人事異動通知書」と大きく書かれた紙が入っていました。
現在、大阪に住んでいる川田さんには、転勤に応じることのできない理由がありました。
娘さんが心疾患の病気になり、定期的な通院、緊急時の対応、特別な食事管理のすべてを、大阪にある専門病院の医師に任せていたからです。
転勤できない事情があった
10年前、大阪で料理人としてのキャリアをスタートさせた川田さんは、2年前に全国展開しているフードチェーン店からスカウトされ、その会社に転職しました。
その際、川田さんは、娘さんの病状を説明し、関西以外での勤務はむずかしいと伝えました。
川田さんは5人家族で、母と妻がおりました。
ですが、母は、人工関 節を使用している身でパート勤務に従事、妻は家計を支えるために、朝刊配達のアルバイトをしており、さらに、2女と3女はまだ幼く手がかかる状態でした。
このような状況で、川田さんが家族と離れて暮らすことは困難だったのです。
その説明を聞いた関西エリアマネージャーは、「関西エリアでの勤務だから大丈夫」と、約束しました。
しかし、それから2年経ち、川田さんに待っていたのは、東京への転勤命令でした。
川田さんは当初の約束が破られ、裏切られた気持ちになり、転勤を拒否しました。
そこで、この転勤が無効かどうか裁判で争われることになったのです。
ポイントは「地域限定の雇用」だったかどうか
結論からいえば、転勤命令は権利の濫用とされ無効となりました。
その理由はいくつかありますが、この記事の趣旨となる、雇用契約の同意があったことに焦点を当てて述べます。
ポイントになったのは、
「地域限定で雇用された」
ことでした。
転勤命令が有効か無効かの判断は、雇用の条件が、地域を限定されずに雇用されたか、それとも地域を限定して雇用されたかが、判断の一つになります。
- 地域を限定されてない雇用→転勤命令が有効とされる判断材料になる
- 地域を限定された雇用→転勤命令が無効とされる判断材料になる
という関係が成り立つからです。※あくまで一つの判断材料です。総合的な判断では、その他の事情も考慮されます。
川田さんのケースでは、地域限定の雇用だと認められ、そのことが転勤を無効としたことに影響しました。
就業規則と雇用契約はどちらが有効か?
実はこのチェーン店も、会社の就業規則には、「会社は業務の都合によっては、転勤を命じることができる」と定められていました。
しかし、裁判所の判断は、個別の雇用契約を重視したのです。
ここで疑問に感じた方もいらっしゃると思います。
就業規則と、労働者と個別に交わす雇用契約の条件が異なっていた場合、どちらの条件が優先されるのだろう?と。
就業規則は会社の決まり事を定めたルールブックです。
会社に雇用される従業員は、そのルールに従う必要があります。
就業規則に転勤を命じることできると定められているのであれば、従業員は拒否できないように思えますが、そうではありません。
就業規則に、転勤を命じることがあると定められていても、個別の労働契約で、勤務地を限定するという契約があれば、そちらが優先されることになるのです。
就業規則と雇用契約で条件が異なる場合は、労働者にとって有利な方が優先されるという、ルールがあります。
就業規則と雇用契約を比べて、就業規則が有利な場合は、就業規則が優先されます。
反対に、雇用契約が有利な条件の場合は、雇用契約の条件が優先されます。
労働契約法12条には、就業規則に定めるより下の条件で雇用契約をした場合、その部分は無効になるとされていて、逆説的に、労働者にとって有利な条件を優先されることを、12条は表しています。
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
労働契約法12条
したがって、今回の判例でも、就業規則に転勤を命じる旨が定められていても、個別の雇用契約で、地域限定を条件に雇用契約を交わしたのであれば、労働者にとって有利な条件、すなわち、雇用契約の条件が優先されることになったのでした。
ただ、実際の雇用契約は口頭で交わされ、書面での雇用契約書はありませんでした。
そこで、裁判所は次の事実から、地域限定の雇用だったと結論付けました。
- 面接時の勤務地希望のアンケートには、関西エリアの地名4か所しかなかった。
- 求人広告には、関西での求人と記載されていた。
- 面接時には、娘が難病のため、関西を離れることができないと伝えていて、担当者も了承していた。
- これまでに、川田さんクラスの役職の人の転勤は、関西以外ではなかった。
- 入社後も、関西以外に転勤する可能性について、説明も受けたこともない。
この判例を見て分かることは、転勤を命じる可能性がある場合は、その旨を雇用契約書にて相手側から同意を得ておくことが重要ということです。
仮に事情が変わったのであれば、しっかり説明して、その同意を得ておくことを忘れてはいけません。
就業規則に、転勤を命じることがあると定められていても、個別の雇用契約で同意を得ていなければ、裁判では覆されてしまうことになりかねません。
事実、就業規則には転勤を命じることがある旨、規定されていたにもかかわらず、雇用契約書で同意を得てないことを理由に、転勤命令は無効とした判例もあります。
個別に交わした雇用契約は、条件が労働者に有利であれば、就業規則より優先されることを忘れてはいけません(その逆も)。
今は転勤の有無については、雇用契約時に明示することが義務付けられていますので、転勤があるかないかははっきり伝えなくてはいけませんが、それも雇用契約書で行うのがベストといえます。
転勤を命じるときは、丁寧な説明と配慮が必要
さらに判決では、仮に勤務地限定の採用だったと認定できなかったとしても、川田さんの家庭の事情を鑑みれば、会社側は、特段の事情がない限り、勤務地をできるだけ関西に限定するよう配慮すべき信義則上の義務を負っているとしています。
会社側としては、
- 家族用の社宅を無償で提供す る用意をしていた。
- 転勤命令の時点では、長女の病状に緊急な治療が必要な状態ではなかった。
- 東京にも、専門医が多数あり、大阪の医師から紹介を受けて受診することも可能だった。
と反論もありましたが、こうした事情を考慮しても、川田さんの被る不利益は軽視しがたいとしました。
川田さんの事情を理解してなお転勤を命じるのであれば、次のことは最低限クリアしないといけないとも述べています。
- 関西地域内の転勤になるようできる限りの配慮をする。
- 転勤が必要とされる理由、配転先 における勤務形態や処遇内容、大阪地区 への復帰の予定等について、可能な限り説明を尽くす。
転勤を命じるときは、同意を得ただけでは否認される怖れがあり、説明や配慮をすることもセットで行う必要があるでしょう。
最高裁の転勤に関する考え方
最後に、転勤の判例で有名な東亜ペイント事件の最高裁の考え方をご紹介しておきます。
「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することのゆるされないことはいうまでもない」
このように、転勤は無制限に認められるものではなく、従業員に対して著しく不利益を与える場合は、権利濫用として無効とされてします。
だからこそ、従業員から同意を得ておくことはもちろん、説明や配慮も十分行っておかなくてはいけないのです。
転勤は有効と認められた事例は下記をご覧ください
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