前職で懲戒解雇にされたにもかかわらず、そのことを隠して採用されてしまった従業員を、経歴詐称を理由に解雇できるでしょうか?
結論からいえば、
- 詐称にかかる経歴が、転職先の企業の種類、性格に照らして重大な場合
- 前職で懲戒解雇にされたことを知っていれば、雇用しなかったであろうことが明白
- 会社側がそう受け取れるのに客観性がある
ときは、解雇が認められる可能性が高くなります。
とはいえ、雇用してからでは、訴訟などの労使トラブルに発展した場合、解決までに時間もお金も労力もかかります。
そのようなリスクを避けるために、履歴書はもちろん、質問等で前職の退職理由を聞いておきましょう。
懲戒解雇は最も重い処分
懲戒解雇は、企業が従業員に下す中で一番重い懲戒処分で、「懲戒の極刑」といわれています(従業員への死刑宣告という表現が出てくる判例もあります)。
労働基準法20条には、「労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合」で、「所轄の労働基準監督署長の認定を受けたとき」は、30日前の解雇予告も30日分の解雇予告手当も必要ないとされていて(これを除外認定といいます)、懲戒解雇とは、この除外認定の対象となり得る処分です。
(解雇の予告)
第二十条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
労働基準法20条
要するに、解雇時に本来守られるはずの労働者への権利が守られないくらい酷い行為を行った場合に下される処分が懲戒解雇です。
該当行為としては、悪質なセクハラ・パワハラ、犯罪行為、横領などで会社に重大な損失を与えた場合などがあり、多くの会社では、このような事由を懲戒事由として就業規則に定めています。
ちなみに、学歴、職歴、犯罪歴、反社会勢力への所属等の重大な経歴詐称の中に、懲戒解雇を隠していたことも含まれるのが一般的です。
懲戒解雇の詐称で解雇が有効となる条件
このような懲戒処分を受けた人は、転職先でも企業秩序を乱す怖れがあり、前職で懲戒解雇を受けたかどうかは、採用の採否を大きく左右する情報です。
それだけに、応募者も懲戒解雇の重大さを認識していて、中には懲戒解雇されたことを隠して採用試験に臨む人もいるでしょう。
もし、懲戒解雇の詐称をした従業員を採用してしまった場合、解雇は有効と認められるでしょうか?
それは、
- 懲戒解雇された事由が、転職先の企業の種類、性格に照らして
- 知っていれば雇用しなかったであろう場合
- かつ、そのことについて客観性のあるとき
は、裁判に訴えられても、解雇を認められる可能性が高くなります。
懲戒解雇の詐称はそれだけで「重大な経歴詐称」になる
まず、企業には採用の自由が認められており、誰を雇用するかはその企業の自由です。
さらに会社には、採用の採否の決定にあたり、応募者に過去の経歴を聞くことも認められています。
企業が応募者の能力や適性を測るのに、経歴は重要な情報になりますから、これを嘘の情報で歪めてられてしまっては、企業は正しい判断をできなくなります。
それに対し応募者は、事業主に自分の能力や適性を正しく評価をしてもらって雇用され、雇用後は労力の対価として賃金を受け取っていくわけですから、経歴等について真実を伝える義務があります。
また、前職で懲戒解雇にされたかどうかは、業務への適正を測る上だけでなく、企業秩序を乱す怖れへの懸念も含まれます。
それだけ重要な情報を応募者が隠していれば、「重大な経歴詐称」に当たるといわれもておかしくないでしょう(だからこそ、多くの会社の就業規則では、重大な経歴詐称が懲戒事由に定められているといえます)。
懲戒解雇の詐称による解雇が有効と認められた弁天交通事件
この点について、裁判所の考えはどうなのでしょう?
前職で懲戒解雇されたことを隠していて、それを理由に行った解雇が認められた判例に、弁天交通事件があります。
この事例では、前職で懲戒解雇されたことを隠して採用され、後に判明して解雇、その無効を元従業員が求めて争われました。
裁判所は、解雇を有効としています。
その理由について裁判所は
- このケースの場合の経歴詐称は、採用の採否に重大な影響を及ぼす経歴の詐称
- 会社側は応募者の真実の経歴を知っていれば、業種や諸事情に照らして、応募者を採用しなかったのは明白
- かかる前歴のある応募者を、企業防衛上、排除しようとするのは客観的にみて正当性がある
- 今回の経歴詐称は、労使間の信頼関係を根本的に破壊するもので、企業秩序を乱す危険性が高い
- 今後も労使間で信頼関係を築くことは、極めて困難
とし、会社が解雇したことを有効としました。
就業規則に重大な経歴詐称を定めても認められるわけではない
ちなみに、就業規則に経歴詐称を懲戒事由として定めても、それがそのまま裁判で認められるわけではありません。
実際、西日本アルミニウム工業事件では、経歴詐称の懲戒事由をもって、信義則違反に問えるわけではなく、
「労働者の詐称行為により企業の賃金、職種、地位その他の労働条件の体系を乱し、企業の完全な運行を阻害するなど企業秩序に対し、具体的な損害ないし侵害を及ぼした場合において、初めて対象となるものである」
との判断を示し、経歴詐称で解雇したことを無効としています。
経歴詐称で解雇が有効に認められるには、弁天交通事件のように、企業秩序に重大な影響を及ぼすときと考えておいた方がいいでしょう。
履歴書とは別に応募者に前職での懲戒解雇の有無を質問しておく
「重大な経歴詐称」となる懲戒解雇の詐称ですが、判例のように解雇が認められるには、やはりそれなりの条件が揃ってなくてはいけません。
また解雇が有効と認められたとしても、裁判まで発展してしまえば、解決までに時間・お金・労力を削られます。
そのため、できるだけ採用の段階で、懲戒解雇された前歴があるかどうか、真実の情報を応募者から取得しておくべきです。
しかし、履歴書の賞罰欄の「罰」に該当する事項は、「刑の確定した有罪判決の前科」を指し、前職での「懲戒解雇」は、刑の確定した有罪判決の前科には当たらず、記載する必要はなくなります。
このため、懲戒解雇された前歴があった場合でも、賞罰欄に「退職」と記載しても問題とはなりません。
このように、履歴書だけでは(特に既製品)、簡単にスルーされてしまうことも考えられます。
そこで、前職で懲戒解雇されたかどうかの確認は、履歴書内に退職事由を問う項目を設けるか、履歴書とは別に質問等で確認しておくようにしましょう。
判例には、応募者が履歴書に犯罪歴を記載しなかったとしても、事業主があらためて、前科の有無を聞かなければ、応募者は自主的に答える必要はないとするものもあります。
このような抜け道を塞ぐためにも、事業主が前職での懲戒解雇の有無について、履歴書だけでなく、口頭や書面による質問で別に聞いておくべきなのです。
もし、質問した上で虚偽申告をされた場合は、嘘をつかれた確実な証拠にもなります(そういう意味では書面の方が確実です)。
離職票などで応募者の退職事由を知ることができる場合もありますが、採用側が主体的に情報を取りにいくことが大切です。
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