現在のJIS規格に準拠した履歴書には、「賞罰欄」は設けられていませんが、そういった履歴書を応募者が利用した場合、会社はリスクを負うことになります(※中学・高校の新卒者を除く)。
というのも、賞罰欄のない履歴書を使って、応募者が犯罪歴を詐称した場合でも、それを理由に解雇等の処分を行うことが難しくなるからです。
過去の判例には、前科等の犯罪歴を応募者が履歴書に記載しなかったとしても、犯罪歴の有無について事業主があらためて質問等しなければ、応募者に申告する義務はないとするものもあります。
さらに、履歴書の賞罰欄の「罰」とは、刑の確定した有罪判決の前科を指し、起訴猶予等は記載しなくてもよいとされています(マルヤタクシー事件)。
つまり、前科に当たらない、執行猶予や不起訴の場合、履歴書以外であらためて応募者に質問しないと、見過ごすことになるということです。
この記事では、履歴書の賞罰欄の「罰」について解説します。
犯罪歴詐称でも雇用すれば解雇は難しくなる
まず、応募者は、学歴、職歴、犯罪歴を事業主から聞かれたときには、原則として正直に回答すべき信義則上の義務を負っています。
事業主は賃金を支払って従業員を雇うわけですから、応募者の能力や適性を的確に把握したいと思うのが当然で、それを判断するのに大きく影響を与える情報に、学歴、職歴、犯罪歴等があります。
したがって、事業主から採用の判断材料として履歴書等の提出を求められた応募者は、真実の情報をそこに記載しなくてはいけない、というのが原則です。
嘘は書いちゃダメという常識の範疇の話ですが、それでも、一度雇用すれば簡単には解雇できない現実があります。
それは、犯罪歴の詐称でも同じで、たとえ犯罪歴を詐称され、採用の判断を歪められた(知っていたら雇用しなかった)としても、不告知のみを理由にした解雇はできなくなります。
そのため、履歴書は賞罰欄のあるものを提出してもらうようにすべきです(※中学・高校の新卒者を除く)。
履歴書の罰に記載しなくてはいけないもの(前科)
しかし、履歴書の賞罰欄の「罰」は、すべての過去の罰を記載しなくてはいけないというものではありません。
履歴書の賞罰欄の「罰」に記載すべき罰とは、刑の確定した有罪判決となる「前科」が対象です。
有罪判決となる前科に該当するものは、
- 懲役
- 禁固刑
- 罰金刑
- 道路交通法違反の刑事罰
となります。
その一方で、前科であっても「刑の言い渡しの効力」が消滅したものについては、履歴書に賞罰欄があっても記載する必要がなくなるため、刑の言い渡しの効力が消滅した前科を申告されなくても詐称には問えません。
(刑の全部の執行猶予の猶予期間経過の効果)
第二十七条 刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消されることなくその猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。
刑法27条
(刑の消滅)
第三十四条の二 禁錮以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで十年を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。罰金以下の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで五年を経過したときも、同様とする。
2 刑の免除の言渡しを受けた者が、その言渡しが確定した後、罰金以上の刑に処せられないで二年を経過したときは、刑の免除の言渡しは、効力を失う。
刑法34条の2
以上のように、履歴書の賞罰欄の「罰」に記載しなくてはいけない罰とは、有罪判決となった「前科」となります(※刑の言い渡しの効力が消滅した前科を除く)。
履歴書の「罰」に記載しなくてもよいもの(前歴)
有罪判決以外の犯罪歴については、「前歴」となり、履歴書の賞罰欄の罰に記載しなくてもよくなります。
具体的には下記の通りです。
1.不起訴になった事件
不起訴処分は、刑事裁判が開かれないため、有罪判決を受けることがなく、前科が付くことになりません。
2.執行猶予になった事件
執行猶予期間中に罪を犯さず期間が経過した場合は、法律上は前科はなかったものとして扱われます(ただし、前科が付いた事実が消えるわけではない)。
3.裁判中の事件
刑事裁判では、被告人は有罪と確定されるまでは無罪と推定されるため、記載する必要はありません。
4.少年犯罪
少年時代の補導歴や非行歴は、確定した有罪判決にならないため、書く必要はありません。
これついて、少年時代の非行歴を隠したことを理由に、解雇されたガードマンの判例があります(西日本警備保障会社事件)。
裁判所は、他人の財産を扱う警備という職種からいっても、少年時代の非行といえど、業務に大きく影響する「重要な経歴」としながらも、少年法の趣旨と照らし合わせると
「社会通念上履歴書の賞罰欄に少年時代の非行歴まで記載すべき義務があるものと解することはできない」
とし、解雇を無効としました。
5.軽微な交通違反
道路交通違反でも、駐車禁止違反などの軽微な違反(青キップ)は、行政処分となるため、記載する必要はありません。
それに対し、罰金刑となる違反(赤キップ)は、記載しなくてはいけません。
6.刑の言い渡しの効力が消滅した前科・前歴
刑の言い渡しの効果が消滅した、前科・前歴については、記載する義務はありません。
刑の言い渡しの効果消滅は、社会復帰を促す趣旨が制度にあり、一定期間罪を重ねないことを条件に、あまりにも古い刑事罰については、調査から除外すべきという判例があります(豊橋総合自動車学校事件)。
応募者に質問しなければ「真実告知義務」は成立しない
先述した通り、原則として、応募者には事業主からの質問に対して、正直に回答することが求められます。
これを「真実告知義務」といい、判例でも示されています。
雇用契約は、継続的な契約関係であって、それは労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置くものということができるから、使用者が、雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者の経歴等、その労働力の評価と関係のある事項について必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負っているというべきである
炭研精工事件
その一方で、真実告知義務があっても、会社から聞かれなかったときにまで、労働者からあえて不利なことを積極的に告知する義務まではないとされています。
先に挙げた西日本警備保障会社事件でも、
「労働者の選択は本来使用者の危険においてなすべきことであり、求められもしないのに労働者が進んで自己に不利な事実を告知すべき義務はなく」
との判示があります。
これは、会社から質問をされてもいないのに、あえて答える必要はないということであり、逆にいえば、質問すべきことを質問しておかないと、「聞かれなかったから答えなかった」が通ってしまうということです。
犯罪歴を聞かなければ、真実告知義務に問えないのです。
企業には採用の自由があり、それを前提として調査することも認められています。
しかし、採用の自由が認められている反面、雇用した後の従業員への責任を裁判所は重く見る傾向があります。
雇用した後に労使トラブルになると、企業の立場は不利になります。
それだけに、労使トラブルに発展させないために、履歴書の賞罰欄を使って、賞罰欄に書く必要のない罰については、別に質問等をしてしっかり聞いておくべきです。
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