犯罪歴があることを隠していた人を採用してしまった場合、経歴詐称を理由に懲戒解雇や普通解雇することができるでしょうか?
判例によれば、
- 事業主がその犯罪歴を知っていたら雇用しなかったであろうと認められる
- 雇用しなかったであろう理由に合理的客観性がある
という要件を満たした場合は、重大な経歴詐称を理由に解雇することが認められています。
その前歴詐称が事前に発覚したとすれば、使用者は雇入契約を締結しなかったか、少なくとも同一条件では契約を締結しなかったであろうと認められ、かつ、客観的にみても、そのように認めるのを相当とする(大阪高裁 昭和37年)
働く人のための労働相談室
それに対し
- 起訴猶予を含む犯罪歴の有無について、事業主が聞かなった場合
- 刑の言い渡しの効力が消滅している場合
といった場合には、懲戒解雇できないと考えていた方がいいでしょう。
経歴詐称の従業員を懲戒解雇にする場合、就業規則に解雇事由を定める必要がある
まず、経歴詐称で懲戒解雇にするは、
「就業規則に懲戒処分を行う根拠を定める」
ことが必要になります。
これは、フジ興産事件(最高裁)で示された判示で、定めてない事項に対して懲戒処分を行うことはできない、というのが原則です。
なお、就業規則の懲戒規定を有効にするためには、従業員に周知することも条件になりますので気をつけましょう。
使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する。そして、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。
フジ興産事件
懲戒処分・懲戒解雇が裁判で認められるための要件
ただし、就業規則に根拠があるからといって、経歴詐称であれば解雇を含む懲戒処分が有効になるかといえば、そんなことはありません。
懲戒処分を行うのに
- 客観的・合理的理由があること
- 社会通念上相当と認められる事由であること
という要件を満たさなくては、その懲戒処分は無効とされてしまいます。
(懲戒)
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
労働契約法15条
(解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
労働契約法16条
では、実際の裁判ではどのように判断されているのかを見ていきましょう。
1.犯罪歴・経歴詐称で懲戒解雇が有効とされた(メッセ事件)
メッセ事件は、アメリカでの経営コンサルタントの経験を評価されて採用した営業マンが、実は、名誉棄損で逮捕されていた事例です。
会社側は犯罪歴詐称で懲戒解雇にしました。
この解雇について裁判所の判断は、服役歴を隠し、さらに経営コンサルタントをしていたことも詐称であった事実を指摘し、
「会社側が詐称された経歴を信じて労働能力を評価したことを考慮すると、『重要な経歴を偽り採用された』といえ、就業規則の懲戒解雇事由に該当する」
としました。
さらに、当該従業員に弁明の機会を与える、就業規則を周知していたなど、会社側が適正な手続きを踏んで懲戒解雇に至ったことも評価され、懲戒解雇は合理的客観的な理由があり、社会通念上も相当とされたのでした。
2.刑の執行が終わってから10年以上経っていたことを理由に懲戒解雇が無効になった事例
豊橋総合自動車学校事件は、犯罪歴を隠していたことを懲戒解雇の事由とされた事例です。
この事例で裁判所は、「経歴詐称は刑罰歴に関するものであり、被申請人企業にとって重要」としながらも
- 採用時から18年前の犯罪
- その刑の執行を終えてから10年以上罰金刑に処せられることなく経過し、刑の言い渡しの効力が消滅している
ということを指摘し、就業規則の懲戒解雇事由に該当するが、
「これを理由に申請人を懲戒解雇にすることは著しく苛酷である」
とし、懲戒解雇を無効としました。
10年以上前の犯罪歴を隠したことが、懲戒解雇に当たらない理由について、所定期間内に一定限度以上の罪を重ねないことを条件として、刑の言い渡しの効力が消えるのは、
「犯罪の予防と有罪判決を受けた者の社会復帰を容易ならしめんとする刑事政策的配慮に基づく制度であると解される」
とし、そのような制度の趣旨がある以上、刑の言い渡しの効力が消滅した昔の犯罪によって、事業主が採用の判断を歪められたとするのはそぐわないとしたのでした。
ただし、刑の言い渡しの効力は消滅しても、犯罪を犯した事実は消滅せず、事業主が調査の範囲を限定することなく刑罰歴について質問したときは、
「労働者は原則として、すべての刑罰歴を回答する義務がある(未成年時代の非行歴は別だが、執行猶予付きのものも同様に回答しなくてはいけない)」
としています。
3.前科、前歴を履歴書に未記載を理由にされた解雇を無効とされた事例
マルヤタクシー事件は、前科、前歴を履歴書に記載せず雇用されていたタクシー運転手が、その後、犯罪歴詐称を理由に解雇された事例です。
この犯罪歴詐称の論点の一つになったのが、履歴書の「賞罰」の記載欄です。
まず、「前科」については、刑の言い渡しの効力が消滅していたという事実がありました。
この前提を元に、刑の言い渡し効力が消滅した前科を履歴書に記載してなかったことを解雇事由とするには、
「すでに刑の言い渡しの効力が消滅した前科といえども、その存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼす特段の事情がある場合に限られる」
とし、このタクシー運転手の場合、刑の言い渡しの効力が消滅した前科を、履歴書に記載しなくてはいけない特段の事情はなかったとし、不告知を理由に解雇することはできないとしました。
そして、起訴猶予等の犯罪歴、いわゆる「前歴」については、
- 履歴書の「賞罰」欄の「罰」とは、一般に確定した有罪判決「前科」を意味する
- 起訴猶予等の「前歴」については、使用者から質問がない限り、記載すべき事由はない
とし、この事例では「前歴」について、事業主からそもそも質問された事実がないのだから、詐称には当たらないとしたのでした。
以上の理由から、前科、前歴を履歴書に記載しなかったことを理由に解雇することはできないと判断されました。
犯罪歴の有無は起訴猶予を含めて質問する
応募者は事業主から犯罪歴について質問されたときは、正確に回答する信義則を負っていて、原則、噓偽りを述べることがあってはなりません。
しかし、マルヤタクシー事件の判示にあるように、会社側が起訴猶予を含む犯罪歴について、応募者に質問しなかったときは、犯罪歴の詐称には当たらないとされてしまいます。
さらに、履歴書にある「賞罰」欄の「罰」は、前科が対象であって、起訴猶予等の「前歴」については、対象外という落とし穴もあります。
起訴猶予等も含めた犯罪歴があるかどうか質問しておかなければ、会社側に不利な判断をさせる怖れがあることを忘れないでおきましょう。
その他、身体やメンタル疾患の病歴を隠していた従業員を解雇できるかは、下記記事をお読みください。
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