休職とは、従業員の病気やケガなどで労働を提供する状態にない場合に、雇用関係を維持したままで、労働する義務を長期間免除、または禁止することをいいます。
このような休職を、私傷病休職といいます。
休職は、法律で会社に義務付けられた制度ではありません。
休職制度を設ける場合、休職事由や休職期間は、その会社の判断で決めることができます。
ただし、休業が解雇を想定しているものである以上、休業を命じる場合に適切なルールが必要になります。
休職とは
休職とは欠勤とは違い、会社が労働義務を免除することをいいます。
欠勤は、会社が労働義務を免除していないのに、従業員が自己都合で勝手に休むことです。
休職の理由には、私傷病休職以外にも、起訴による休職、公務就任による休職、出向による休職など、労務の提供はできるものの、就労することができなくなった休職もあります。
休職制度は任意の制度ですが、導入する場合は、就業規則で定める必要があります(相対的必要記載事項)。
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また、休職制度は解雇を想定した制度でもあります。
ノーワーク・ノーペイの原則
会社と労働者が交わす労働契約は、労働者の労働の提供に対して、会社が賃金を対価として支払うことというものです。
本来、従業員が労働を提供することができなくなれば、賃金を支払う義務はなくなります。
これを、ノーワーク・ノーペイの原則といいます。
労働者に支払う賃金に対しては、労働基準法24条に、賃金は通貨で直接労働者に、その全額を支払わなければならないとされています。
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
労働基準法24条
ただし、労働基準法24条に定められているのは、「賃金を支払うこと」についてです。
それに対し民法624条には、労働者は労働を提供した後でないと、賃金を請求することができないとされていて、これがノーワーク・ノーペイの根拠とされています。
つまり、企業は労働を提供された後に、はじめて賃金の支払い義務が生じるということであり、賃金と労働の提供は、対等の関係にあるといってもいいでしょう。
①労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。
②期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。
民法624条
逆にいえば、労働の提供ができなくなれば、必然的に労働契約の終了を意味することになります。
しかし、病気やケガで仕事ができなくなったからといって、即、解雇が認められるわけではありません。
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休職制度の意味
休職制度は、労働を提供できなくなった従業員に対して、治療・回復の経過を待って、解雇の一定猶予期間を与える制度でもあり、解雇を緩和するバッファ的役割もあります。
この点について、日本ヒューレット・パッカード事件では、精神的不調から欠勤を繰り返した従業員への対応として
- 精神科による健康診断の実施
- その診断結果に応じて、必要な場合は治療を勧めたうえで休職などの処分を検討
- その後の症状の経過を見る
が必要としています。
このような措置を取ることなく、諭旨退職の懲戒処分を行うことは、
「精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い」
として、懲戒処分を無効としています。
この判例からも分かる通り、病気・ケガになったからといっていきなり解雇しても、裁判に訴えられれば無効とされる怖れが高いといえます。
もちろん、休職制度を設けることは、裁判対策のみならず、従業員への配慮する姿勢を表し、仮に復職できない場合でも心情的に納得感を高めるうえで、必要な措置といえるでしょう。
債務の本旨とは
私傷病で休職した従業員への賃金の支払いなどの対応として、参考になる判例をご紹介いたします。
それが片山組事件です。
ここで判例を見る前に、「債務の本旨」という考え方を理解しておきましょう。
債務の本旨とは、債務の履行はあったものの、その履行が本旨に沿って行われたものでないことをいいます。
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
民法415条
これを労働契約に置き換えれば、労働契約で当初約束した労務以外を行っても、それは労務を提供したことにならないということになります。
たとえば、営業で雇用したのに、営業を拒否して内勤をいくらやっても、それは、労働契約に基づいた労務の提供、すなわち債務の本旨に従ったものではないとなります。
片山組事件では、この債務の本旨がポイントになっています。
欠勤扱いにされ無給に
この事例では、自宅療養を命じられた従業員が、欠勤扱いされたことで起こった、賃金の不払いに対して、欠勤期間中の賃金の支払いを求めて争われました。
当該従業員は、現場監督業務に従事していましたが、バセドー氏病のため現場作業に従事できなくなり、代わりに事務作業での業務を申し出ました。
しかし、会社はこの申し出を拒否し、自宅療養を命じました。
その間の4カ月は欠勤扱いとされ、賃金の支払いはなく、従業員はその措置が不当だとして、4か月間の賃金の支払いを求めて裁判になりました。
この裁判のポイントになったのが、現場作業の代わりに申し出た事務作業が、債務の本旨に当たるかどうかです。
結論からいえば、債務の本旨として認められました。
労務の提供になるかどうか?債務の本旨になるとされた理由
労働契約は、従業員は労働を提供する義務を負い、使用者はその対価に賃金を支払う義務を負います。
ですが、労働者が病気やケガになり、労務を提供できなくなったときは、使用者は賃金を支払う義務を免れるのが基本です。
その一方で、労働者が労務の提供をできるにもかかわらず、使用者が一方的に労務の提供を拒否したときは、使用者は賃金の支払い義務を負うことになります。
当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
民法536条
片山組事件で問題となったのは、バセドー氏病で事業主から命じられた業務には就けなくなったものの、軽減業務や他部署での業務ができる場合をどう考えるかです。
つまり、事業主が命じた業務のみだけでなく、他の業務への配転も含めて、労務の提供といえるかどうか、すなわち、債務の本旨になるかがポイントになりました。
休職中に無給にできる条件とは
この点について最高裁は、
「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては」
と前提を挙げつつ
- 現に就業を命じられた業務が十分にできないとしても
- その労働者の、能力・地位・経験などから見て、他の業務に就いて労務を提供することができる※労働者だけでなく、企業の内情も考慮される
- なおかつ、本人がその申し出をしている
ときは、
「なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」
とし、賃金の支払いを命じました。
この判例からいえることは、職種や業務を特定せずに雇用した従業員に対しては、病気等で本来の業務に就けない場合でも、それを理由に無給での休職を命じることはできないということです。
通常業務ができないとしても、軽減業務や他の部署での業務など可能な業務がないかを模索したうえで、
- 就けるべき業務がない
- 業務があっても従業員がその業務に就くことに同意してない
といった状況がなければ、休職期間を無給にはできないことになり、これを無視して無給にすると、無効とされる可能性が高くなるといえます。
「試し出勤制度」を導入する場合は、「復職前」と「復職後」に実施する場合では、賃金の取り扱いが異なります。
詳しくは、「「復職前」と「復職後」の試し出勤制度の違いを解説」をご覧ください。
明らかに復職できない病状の場合は
休職のケースによっては、療養期間を経ても、明らかに復帰できない病状の場合があります。
そのような場合、休職を命じず解雇したとしても、権利の濫用には当たらないとする判例があります(岡田運送事件)。
したがって、休職期間を経ても復帰できないことが明らかなときは、解雇もあり得ることを、就業規則に記しておくべきです。
ただし、一方的な解雇通告は労使トラブルの元、お互いに話し合って、合意による労働契約の解除が望ましいといえます。
※業務が原因で傷病が発症し、就労に就けなくなった場合は、労働基準法19条が適用されますので、私傷病の休職と混同しないように気を付けましょう。
使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。
労働基準法19条
なお、休職から復職可否の判断をするときは、医師の診断がマストになります。
詳しくは、「復職可否の判断には医師の診断が必要な理由」をご覧ください。
休職命令は確実に書面で行う
休職期間については、事業主が休職命令を発することで、開始日が確定するように就業規則に定めておきましょう。
というのも、休職期間満了で従業員を退職扱いとするには
- 就業規則上に休職事由が存在すること
- 使用者が休職命令を発したこと
- 休職期間が満了したこと
が必要であるとした判例が存在するからです(北港観光バス事件)。
そのうえで、休職期間満了時に、労働者が就労できるかどうかを、事業主は判断しなくてはいけないとしています。
何年何月何日に休職命令が発令されたことがわからないと、たとえ就業規則で休職期間を3か月と定めてあっても、期間満了を確定させることはできません。
さらに、いったいわないの水掛け論を避けるため、休職命令は書面にて発令した方が確実です。
ちなみに、北港観光バス事件では、休職命令はされてないとして、退職扱いにした従業員の復職が認められてしまいました。
確実に手続きを行わないと、就労できないと判断した従業員を、元に戻す結果となります。
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