人手不足が進む建設業界で、採用と定着率を改善するには、労働条件を従業員が働きやすい環境にする必要があります。
労働環境の整備を具体的にいうと、就業規則を作成することになります(既にある場合は見直すこと)。
就業規則には、その会社の労働条件も記載することになっていますので、労働条件を整備することは、すなわち、就業規則の整備とイコールになります。
それに加えて、就業規則には労使トラブルを防ぐ役目もあり、会社を訴訟リスクなどから守る効果もあります。
しかし、建設業には独特の労働環境や慣習があり、それに合わせて就業規則を作成しなくてはいけないでしょう。
この記事では、建設業が作成すべき就業規則の内容について解説していきます。
建設業が就業規則を作成するときは、就業規則作成マニュアルをご覧ください
就業規則とは
就業規則とは、その会社の労働条件(労働時間や賃金など)や服務規程等の決まり事を書いたルールブックです。
就業規則は、労働基準法、労働契約法、安全衛生基準法、民法で主に構成され、事業主と労働者は、決められた内容を遵守する義務があります。
したがって、就業規則に定めた内容は、事業主と従業員を縛ることになり、会社の運営もこれに基づいて行われることになります。
就業規則は法律に則って作成されるため、労使間のトラブル防止の役目と、実際にトラブルが発生したときの解決の手段と思えますが、これを鵜呑みにするのは危険です。
後述しますが、実際の裁判所の判断と就業規則で想定しているものに乖離があるため、ルール通りに運営したとしても、訴えられても負けないわけではないことに注意しましょう。
労働環境の整備=就業規則の整備となる理由
就業規則では、労働条件(労働時間、休日、賃金など)を記載することが義務付けられています。
つまり、賃上げや労働時間短縮といった労働条件の改善を図ろうと思えば、就業規則の変更が必要になります。
2024年4月からはじまる残業規制も、労働時間の短縮なので、就業規則と密接な関係にあります。
また、就業規則は、職場の秩序を保つ目的で、服務規程を設けることもできます。
具体的には、パワハラやセクハラ防止など、従業員が働きやすい環境を整えることにも役立ちます。
たとえばパワハラが離職や応募を躊躇する原因になっているのであれば、パワハラを防止するルールがないことは致命的です。
理不尽に怒鳴られたりするかもしれない建設会社に、応募してみようと思う求職者は少ないでしょう。
このように、従業員の待遇改善や、労働環境の整備を行う場合は、必ず見直さなくてはいけないのが就業規則です。
冒頭で、労働条件を整備することは、すなわち、就業規則の整備とイコールといったのも、このような背景があるからです。
つまり、採用・定着率アップを図るなら、就業規則の整備もセットで行わなくては意味がないのです。
就業規則は法律に反してはいけない
就業規則は、法令に反してはならないとされています。
就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。
労働基準法92条
もし、法令に反する就業規則を作成した場合でも、その反する部分については無効となり、無効となった部分は、法律で定める基準が適用されます。
就業規則が法令又は労働協約に反する場合には、当該反する部分については、第七条、第十条及び前条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については、適用しない。
労働契約法13条
さらに、建設会社が労働者と個別の労働契約をした場合で、その契約が就業規則で定めた内容を下回っていたときは、その部分については無効となります。
無効となった部分は、就業規則の内容が適用されます。
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
労働契約法12条
就業規則の内容に従業員の同意は必要か?
就業規則の内容について、従業員の不利益になる変更以外は、従業員の同意は必要ありません。
従業員の不利益になる変更とは、
- 労働時間の増加
- 賃金の減給
- 休日のカット
などが当たります。
このような不利益変更を行うとき以外は、就業規則の内容について、個別の従業員の同意を得たかに関係なく、その効力は適用されます。
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就業規則の作成義務は従業員が常時10人以上
労働基準法は、従業員を1人でも雇った事業所に適用されますが、就業規則は1人雇用した場合でも、必ず作成しなくてはいけないわけではありません。
就業規則を作成し、労働基準監督署への届出ることの義務は、従業員を常時10名以上雇ってからです。
就業規則の届出までが義務となっているのは、就業規則に不備があった場合、労働基準監督署が行政指導等を行うためです。
また、就業規則の作成・届出が義務となる従業員常時10人以上とは、事業所ごとで判定されます。
会社全体で従業員が10名以上でも、事業所単位で10人未満であれば、就業規則の作成・届出義務はありません。
就業規則を変更する場合も、同じく労働基準監督署に届出なくてはいけません。
なお、従業員が10名未満でも、労働基準監督署へ就業規則を届出ることは可能です。
従業員が10名未満でも就業規則は作成する
就業規則の作成・届出義務は、従業員が10名未満の場合はありません。
しかし、労使トラブルを防ぐという意味では、従業員が10名未満であっても、就業規則を作成して、労働基準監督署へ届出ておくべきでしょう。
労使トラブルは、人を1人でも雇った瞬間から起こる可能性があり、ルールがない状態でいったん紛争が起こってしまうと泥沼化の懸念すらあります。
何より、裁判になれば、圧倒的不利になるのは事業主側です。
それに、建設会社が人手不足の問題を解決するには、労働環境を改善するしかなく、それには就業規則の見直しは不可欠です。
会社が従業員を1人でも雇用したのなら、たとえ義務ではなくても、就業規則を作成・届出しておいた方が賢い選択といえるでしょう。
就業規則の作成・変更には、従業員の過半数の代表の意見が必要
従業員が常時10名以上の事業所が、就業規則を作成・変更した場合、労働基準監督署へ届出なくてはいけませんが、その際、従業員の過半を代表する人の意見書を添付しなくてはいけません。
使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。
② 使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。
労働基準法90条
このようなルールがあるのは、従業員の自社の就業規則の内容を確認してもらう機会を設けるためです。
労使トラブルが起こるのは、労働条件や服務規程を「知らなかった」ということもあります。
そこで、意見を聞く場を義務付けることで、労使トラブルの予防に役立てようということです。
ただし、従業員の代表者の意見を聞けばOKで、「同意」までは必要とされていません。
もし、従業員から反対意見があったとしても、それを意見書にして労働基準監督署に提出すれば良いとされています。
就業規則は「周知」しなくてはいけない
就業規則は、労働基準監督署への届出だけでなく、従業員への「周知」も義務付けられています。
従業員への周知方法は、各作業所の見やすい場所に、
- 掲示する
- 備え付ける
- 書面にする
- パソコンでいつでも閲覧できる状態にする
といった方法を採らなくては、周知したことにならないので注意しましょう。
各事業所ではなく、「各作業所」となっている点に気をつけなくてはいけません。
法第百六条第一項の厚生労働省令で定める方法は、次に掲げる方法とする。
一 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること。
二 書面を労働者に交付すること。
三 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること。
労働基準法施行規則第52条の2
事業主がこの周知義務を怠ると、30万円の罰金の対象となることもあります。
そして、従業員に「周知」して、はじめて就業規則は効力を発揮します。
逆にいえば、従業員に周知しなければ、その就業規則は意味を成さないということです。
労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。
労働契約法7条
就業規則に記載する事項
就業規則に記載する事項には、
- 絶対的必要記載事項
- 相対的必要記載事項
の2種類があります。
1.絶対的必要記載事項
絶対的必要記載事項とは、読んで字のごとく、絶対に記載しなくてはいけない事項です。
- 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇、交替制の場合には就業時転換に関する事項
- 賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り日、支払の時期、昇給に関する事項
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
2.相対的必要記載事項
相対的必要記載事項とは、必ず記載しなくてはいけないわけではありませんが、下記に事項に関わることを決める場合は、記載が必須となる事項です。
- 退職手当に関する事項
- 臨時の賃金(賞与)、最低賃金額に関する事項
- 食費、作業用品などの負担に関する事項
- 安全衛生に関する事項
- 職業訓練に関する事項
- 災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項
- 表彰、制裁に関する事項
- その他全労働者に適用される事項
就業規則で押さえておくべき5つのポイント
就業規則では、押さえておくべきポイントが6つあります。
1.自社の実情に合ったものになっているか
労働時間、休日、休暇、給与などの労働条件が、自社の業務内容に合っている内容か確認しましょう。
たとえば建設業の場合、現場に行くときは、いったん会社に集まって向かうのか、現場へ直行直帰するのかでは、残業時間のカウント方法が変わってきます。
また、悪天候で作業ができないとき、その日を会社の一方的な都合で休日扱いにするのは、問題となります。
採用や定着率アップを考えると、作業員の給与が不安定にならないように、考えておくことも大切となります。
2.現在の法律に合っているか
就業規則は、下記の法律が根拠となっています。
- 労働基準法
- 労働契約法
- 労働安全衛生法
- 労働者災害補償保険法
- パートタイム労働法
- 男女雇用均等法
- 高年齢者雇用安定法
- 育児・介護休業法
法律は時代の流れを反映して改定がされることがあり、その改定された内容に則った就業規則でないと労使トラブルの原因になります。
2024年4月から、残業規制が適用されます。
この基準に適用するようにしておかないと、労働基準法違反に問われる可能性も出てきます。
そのようなコンプライアンスを守れない会社となれば、求職者からの応募も期待できなくなりますし、最悪の場合は、許可事業なら許可も取り消される怖れもあります。
コンプライアンスを守れない会社は、今後、人材からも、公共・民間の会社からも選ばれなくなるといえます。
自社の就業規則が、現状の法律に合っているか、確認しておきたいところです。
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3.適用範囲を明確にしているか
就業規則を作成する場合、正社員の他、パート・アルバイト、契約社員など、正社員以外の雇用形態の従業員(非正規社員)がいるときは、非正規社員に対しても、正社員の就業規則が適用されるかどうか、明確にしておくことが重要です。
正社員と非正規社員で、労働条件を分ける場合は、正社員就業規則において、パート・アルバイト、契約社員の非正規社員は、適用除外であることを明記しておきましょう。
仮に、非正規社員就業規則がない場合は、正規社員の就業規則が適用されてしまいます。
そうなると、給与や休暇などの待遇面も、自動的に正社員と同じ扱いになります。
また、正社員就業規則の対象となる「正社員の具体的な範囲」もはっきりさせておくことも必要です。
4.トラブルになりそうな事項について、明確な定めがあるか
休職や復職、退職に関する事項、解雇事由、業務命令、残業時間、有休に関する取扱いなど、明確な定めがないと労使トラブルの原因になります。
たとえば、業務外の私傷病や会社が命じて休職させる場合、その期間の賃金の有無や、社会保険料や住民税を、事業主が負担するのか従業員が負担するのかなど、あらかじめ決めておかないと後々トラブルになるでしょう。
このように、労使トラブルになりそうなことは、事前に明確な定めをしておくことが大切です。
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5.わかりやすい文章で作成されているか
就業規則は法律が基となっているため、そのまま参照してしまうと、むずかしい言葉の文章になってしまいます。
このような難しくわかりにくい文章は、従業員の誤解や理解不足招きやすく、トラブル発生の原因となります。
従業員が読んでルールを理解するには、わかりやすい文章でなくてはいけません。
また、用語について統一することも必要です。
例)「上司、所属長、上長」を区分けしているか、「社員、労働者、従業員」などの表現が一緒になってないかなど。
6.裁判例の基準は入っているか
就業規則は労働基準法や労働契約法を根拠とするものですが、だからといって、就業規則に従えば、訴訟になっても大丈夫とはいえないのが現実です。
実際の裁判所の判断は、労基法や労契法などの法律よりも、労働者への救済範囲が広く、法令をそのまま参照しても実態に合わないという現実が起こっています。
就業規則を裁判所の判断に合わせるには、判例を参考にするしかありません。
したがって、就業規則を労務管理に役立てるためには、判例の基準を参考にしたものでなくてはいけないのです。
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