サービス業や営業など、お客様に不快感を与えないために、社員に身だしなみマナーを求めることがあります。
これは企業として当然なことではありますが、では、身だしなみマナーを守らない社員であれば、従わせることはできるでしょうか?
会社の制限はどこまで許されるか?
社員の身だしなみは、それがそのまま企業のイメージになります。
汚い服装や清潔感のない見た目なら、企業のイメージも、だらしない、社員教育が行き届いてないとなりかねません。
社員は、まさに企業の顔です。
とくにサービス業や営業の場合、お客様とリアルの距離は近くなりますから、不衛生で清潔感がないこと自体、お客様に不快感を与え、酷いケースでは顧客離れが起こるでしょう。
これは企業にとって損失です。
社内規定を整え、お客様に不快感を与えない身だしなみにするよう徹底するのは、企業として当然といえます。
とはいえです。
個人がどのようなカッコをするかは本来自由であり、このような会社からの制限が行き過ぎると、表現の自由などの問題になってきます。
では、どの範囲まで社員の見た目を制限できるでしょう?
3つの判例から考える社員の身だしなみの制限
これを考えるケースとして、いくつか判例があります。
1.社員の髭が問題となったイースタン・エアポートモータース事件
これは、鼻の下に髭をたくわえていたタクシー運転手が、「髭を剃り、頭髪は綺麗に櫛をかける」との就業規則があったにもかかわらず、髭を剃ることを拒否し、会社から乗車停止処分になったというものです。
タクシー運転手は、髭を剃ってタクシーに乗務する義務がないとして、裁判で争いました。
裁判所の判断は、タクシー運転手の主張を認めました。
その理由として、
- タクシー運転手は、顧客に対して不快な感情や反発感を抱せるような服装、みだしなみ挙措が許されないのは当然である
- タクシー会社がこのような業務命令を出すことは、合理的な根拠がある
- タクシー運転手も、円滑な労務を提供するうえで、その要求に応えてしかるべき
としながらも、就業規則に規定されている髭とは、
- 不快感を伴う「無精ひげ」とか「異様、奇異なひげ」を指しているものと解するのが相当
として、タクシー運転手の髭は、この髭に当たらないとしたのです。
会社側の言い分を認めつつも、個人の自由を侵害することに慎重といったところでしょうか。
今は髭を生やすこが珍しくありませんし、髭の場合、お客様が不快に思うレベルでなければ、社員を制限することはむずかしいといえます。
2.髪の毛の色が問題となった東谷山家事件
これは髪の毛を黄色に染めた社員が、上司から元の色に戻すよう指示されたが、それを拒否したために諭旨解雇された事例です。
社員は解雇の無効を求めて裁判で争いました。
裁判所は社員の主張を認めて、解雇を無効としました。
その理由としては
- 企業内秩序を維持・確保するために、労働者に必要な規制・命令・指示を行うことは許されている
- しかし、企業に与えらえた秩序維持の権限には、自ずと限界がある
- とくに、個人の髪の色、髪型、容姿、服装などの個人の自由に関することは、企業の円滑な運営上、必要かつ合理的な範囲に留まるもの
- 具体的な制限の行為については、必要性、合理性、手段に正当性を欠くことがないよう、特段の配慮がなされなくてはいけない
と、社員の髪の色を変える自由を認め、解雇事由にあたるほどの違反行為ではないとしたのです。
髪の毛の色を直さないからといって、いきなり解雇処分は重いといえます(たとえ反抗的な態度であっても)。
さらに、裁判所も個人の自由を制限することになる、容姿(髪型、髪色、髭など)については、イースタン・エアポートモータース事件と同様、慎重な判断姿勢を見せています。
そうすると、髪もぼさぼさで不潔といった、あきらかにお客様に不快感を与えるケースでないと、会社の指示に従わせるのはむずかしいといえます。
ちなみに、日本では諭旨解雇、懲戒解雇を問わず、会社から解雇を言い渡すこと自体リスクです。
たとえば、能力のない社員でも簡単には解雇にできません↓
3. 会社の主張が認められた東急バス(チェック・オフ停止等)事件
これは、マスク着用のままバスの運転をすることを許可しなかったことが、業務命令違反になるかどうか争われた事例です。※2007年の判例なので、コロナ前です
裁判所の判断は、会社側の主張を認め、「業務命令違反にならない」としました。
その理由として
- バス運転手も接客を余儀なくされており、乗客に良い印象を与えるべく、マスクの着用を禁止することは、不合理とはいえない
としました。
そして、
- 例外として、健康上の理由でマスク着用をする場合に、その必要性を証明するために、医師の診断書を提出させることも不合理ではない
としています。
※ただし、単に「マスクの着用が望ましいと考える。」とのみ記載されている場合、マスクの必要性が証明されたわけでないとの一文もあります。
結論
3つの判例からいえるのは、個人の容姿に関わる部分を制限するむずかしく、帽子、マスク、制服といったものについては、業務命令に従わせることが可能といえます。
とはいえ、業務命令に従わないからといって、いきなり重い処分にすると労働トラブルに発展する怖れがあり、違反に見合った処分である必要があります。
ちなみに、嫌がらせやみせしめのために行った業務命令は違法とされます。詳しくはこちら↓
まとめ
まとめると、個人の容姿に関わる部分(髪型、髪の色、髭、容姿など)について就業規則で制限することは、相当な理由がないかぎり難しいといえます。
それに対し、会社指定の、帽子、マスク、制服などは、業務命令に従わせることは可能といえます(従わない場合は、正当な理由(健康上の問題など)と、それを証明する証拠を提出してもらいましょう)。
社員の身だしなみは、会社の印象を決める重要な事項です。
清潔で爽やかに越したことはありませんが、トラブルに発展しないよう、制限できる範囲を知っておくことは大切です。
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