社長が所有型法人などの同族法人に、個人で所有している賃貸用建物を売却(譲渡)することがあります。
役員から同族会社への建物の売却価格は、「時価」で売却することが基本ですが、もし、時価を大きく下回る価格で譲渡すると、「時価」で譲渡したものとみなされます。
そうなると、その差額について、個人と法人で課税されてしまいます。
この記事では、同族会社と役員との賃貸用建物の売買で、時価を下回る「安い価格」で譲渡してしまったときの、ペナルティについて解説します。
同族会社への売却は厳しくみられる
不動産の売買は、完全なる第三者との取引であれば、その譲渡金額が税務上の問題になることはありません。
それは、市場の自由意思で決められた価格になるからです。
その一方で、同族会社とその役員の間で行われる不動産売買は、役員の意思によって価格設定を行うことができます。
この恣意的な価格の取引の結果、役員や法人が過大な利益を上げたり、税逃れをすることもできてしまいます。
このようなことを防ぐために、役員と同族会社間の売買価格は、税務署から厳しくチェックされます。
もし、価格が適正でないと判断されれば、役員個人と法人で、ペナルティを受ける可能性もあります。
そのため、同族会社と役員との間で行う不動産取引は、その価格設定を慎重に行う必要があります。
賃貸用建物の「適正価格」とは?
役員から同族会社への建物の譲渡価格で一般的に用いられるのは、「建物の未償却残高」、つまりは「(簿価)帳簿価格)」になります。
簿価が税務上の適正価格となる根拠としては、
「所得税法上の簿価償却は法人税法上と異なり、強制償却である。償却方法も耐用年数も法令に従ったものである。これを時価といわずして何を時価というのか」
Q&A中小企業のための資本戦略と実践的活用スキーム/伊藤俊一
というものがあるそうです。
ただし、みなし譲渡とされる可能性はあるとのことなので、やはり慎重な対応が必要です。
また、簿価で売却してはいけないパターンに下記の2つがありますので、ここも注意しましょう。
- 簿価が1円のとき
- 圧縮記帳の適用を受けているとき
簿価が1円のときは、
簿価が1円のときは、不動産鑑定評価にするか、固定資産税評価額を使うかの選択になります。
圧縮記帳の適用を受けた建物であれば、圧縮記帳前の簿価に引き直して計算しなくてはいけません。
参考元:Q&A中小企業のための資本戦略と実践的活用スキーム/伊藤俊一
役員が同族会社へ時価を下回る価格で譲渡した場合の課税関係
上記価格を参考にせず、同族会社へ時価を下回る譲渡を行った場合は、法人と個人で次の対応になります。
法人
時価で賃貸用建物が譲渡されたものとされ、時価との差額に、役員からの受贈益として法人税が課せられます。
・(適正価時価-実際に購入した金額)×法人税率
※譲渡価格が1/2以下か以上かは関係ありません。
なお、この譲渡により株価が上昇した場合は、法人の株主へ贈与があったとみなされ、株主個人に贈与税が課せられることがあります。
役員個人
役員個人の場合は、譲渡した賃貸用建物の価格が、時価の1/2以上か、1/2以下で課税が変わります。
時価より下回る売却価格でも、「1/2以下」になると、税務当局の処置は厳しくなります。
a.譲渡した価格が時価の「1/2以下」の場合
譲渡した価格が時価の1/2以下の場合、適正価格(時価)で売却したとみなされ、時価との差額に所得税が課せられます。
・(適正時価-取得価格)×所得税率
これを「みなし譲渡所得」といいます。
法第59条第1項第2号(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)に規定する政令で定める額は、同項に規定する山林又は譲渡所得の基因となる資産の譲渡の時における価額の2分の1に満たない金額とする。
所得税法施行令 第169条 時価による譲渡とみなす低額譲渡の範囲
b.譲渡した価格が時価の「1/2以上」の場合
時価より低額であっても、その金額が時価の1/2を超える場合は、みなし譲渡所得課税の適用はなく、実際に売却した価格と取得価格の差額に所得税が課されます。
・(実際の売却価格-取得価格)×所得税率
低額譲渡の課税関係一覧表
取引行為 | 譲渡対価 | 個人 | 法人 | 法人の株主 |
無償譲渡 | 無償 | みなし譲渡 | 受贈益 | 贈与税 |
低額譲渡 | 時価の1/2以下 | みなし譲渡 | 受贈益 | 贈与税 | 時価の1/2以上 | 譲渡所得 | 受贈益 | 贈与税 |
時価で譲渡 | 時価と同額 | 譲渡所得 | - | - |
同族会社へ低額譲渡をしたときの役員個人の課税シミュレーション
社長が2017年10月1日に取得した賃貸用建物を、2023年3月1日に同族会社へ、時価より低額で売却した場合のシミュレーションをしてみます。
<条件>
- 建物の適正時価:4,000万円
- 建物の取得価格:1,000万円
- 実際の建物の譲渡価格:1,800万円
a.会社側
賃貸用建物の適正時価と実際の譲渡価格の差額2,200万円に、法人税が課せられます。
・4,000万円-1,800万円=2,200万円
b.社長(役員個人)側
①所有期間
2017年10月1日から2023年1月1日→5年3か月
所有期間が5年を超えているので、長期譲渡所得となり、税率は20.315%の分離課税となります。
②課税金額
譲渡価格が時価の1/2以下のため、時価で譲渡したとみなされ、適正時価と取得価格の差額3,000万円に対し所得税が課せられます。
・4,000万円-1,000万円=3,000万円
③所得税・住民税
・3,000万円×20.315%=609万4,500円
ちなみに、売却価格が3,00万円で、時価の1/2以上なら、所得税・住民税は203万1,500円となります。
- 課税価格:4,000万円-3,000万円=1,000万円
- 所得税・住民税:1,000万円×20.315%=203万1,500円
役員から同族会社への賃貸用建物の売却したときのシミュレーションは、下記の記事をご覧ください↓
同族会社への建物の売却は株主総会の決議が必要
同族法人が役員から賃貸用建物を買う場合は、会社法上の「利益相反取引」に該当します。
取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
会社法356条
会社法365条は、役員がその地位を利用して、法人に不利になる取引をさせないためある条文です。
中小企業のほとんどは、代表取締役=大株主です。
それもあって、役員であれば株主の意向など関係ないと勘違いしがちですが、会社法では、会社は「株主のもの」となっています。
それゆえ、株主の権利を守るため、利益相反になる取引については、株主の承認が必要になるというわけです。
したがって、一人会社であっても、家族経営であっても、株主総会を開いて、株主の承認を得なくてはいけません。
もし、税務調査で株主総会を開いていないことや、開催してもお手盛りであることが判明すれば、取引自体を無効とされてしう怖れがあります。
面倒がらずに、手続きはしっかり行いましょう。
まとめ
役員が同族会社に、恣意的に安い価格で賃貸用建物を譲渡してしまうと、法人か個人、あるいは両方に課税されてしまいます。
建物の未償却残高を適正価格として売却すれば、所得税や法人税は発生させることなく移転できるのに、これでは何が何やら、本末転倒です。
社長が同族会社へ建物を売却するときは、その価格設定に十分気をつけましょう。
時価より高い価格で同族法人へ売却したときはこちらの記事をご覧下さい↓
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