アパートなど事業用の不動産を買い換えた場合、一定の条件を満たせば、売却利益に対する課税を「繰り延べ」することができます。
この特例を利用すれば、収益性の悪い不動産を売却し、収益性の高い不動産へと買い換えいるといった、積極的な資産の組換えが可能になります。
一見すると得するように思える買換えの特例ですが、デメリットに気をつけてないと、特例を受けないより課税額が大きくなることもあります。
この記事では、「特定の事業用資産の買換え特例」のメリット・デメリットについて解説します。
「特定の事業用資産の買換え特例」とは
特定の事業用資産の買換え特例とは、事業用の資産を買い換えたとき、一定の要件を満たす場合は、譲渡収入の8割について、今回は課税しないで、次回の売却時まで税金を「繰延べ」にするという特例です。
この買換えの特例にはいくつか種類がありますが、よく利用され、要件をクリアしやすいが9号買換えといわれるものです。
9号買換えを利用するときは、次の要件を満たさなくてはいけません。
- 売却した年の1月1日時点で所有期間が10年を超えていること。
- 事業用の不動産を売却して、事業用の不動産に買替えること。
- 買換え資産が土地のときは、300㎡以上のもの(事務所等の一定の施設の敷地の用に供されるもので、その面積が300m2以上のもの)。
- 買換え資産の土地の面積は、売却資産の土地の面積の5倍まで。
- 事業用資産を取得した日から1年以内に事業に使うこと
この特例の繰延割合は原則80%ですが、譲渡資産が地方に所在し、かつ、買換資産が次に掲げる地域内に所在する場合、それぞれ次に掲げる割合になります。
エリア | 繰延べ割合 |
東京23区 | 70% |
東京23区以外の大都市等 | 75% |
それ以外 | 80% |
譲渡所得の計算方法
「特定の事業用資産の買換え特例」を受けた場合の譲渡所得の金額は、次の計算式で求めます。
譲渡資産の譲渡価額≦買換資産の取得価額の場合
① 譲渡資産の譲渡価額×0.2=①収入金額
②(譲渡資産の取得費+譲渡費用)×0.2=②必要経費
③ ①収入金額-②必要経費=課税される譲渡所得の金額
例)
- 譲渡資産の譲渡価格:5,000万円
- 買替資産の取得価格:6,000万円
- 譲渡資産の取得費+譲渡費用:3,000万円
- 5,000万円×0.2=1,000万円
- 3,000×0.2=600万円
- 課税の対象になる金額:1,000万円-600万円=400万円
譲渡資産の譲渡価額>買換資産の取得価額の場合
①譲渡資産の譲渡価額-買換資産の取得価額×0.8=①収入金額
②(譲渡資産の取得費+譲渡費用)×(①収入金額÷譲渡資産の譲渡価額)
= ②必要経費
③ ①収入金額-②必要経費=課税される譲渡所得の金額
例)
- 譲渡資産の譲渡価格:8,000万円
- 買替資産の取得価格:4,000万円
- 譲渡資産の取得費+譲渡費用:3,000万円
- 8,000万円-4,000万円×0.8=4,800万円
- 3,000万円×(4,800万円÷8,000万円)=1,800万円
- 課税対象になる金額:4,800万円-1,800万円=3,000万円
取得費の計算方法
事業用資産を買換えたときの特例を利用する場合、買換えた資産の取得費は、譲渡した資産をもとに計算します。
実際に買換えた資産の価格が、そのまま取得費にならないことに注意しましょう。
譲渡資産の売却額<買換資産の購入額の場合
- 譲渡資産の譲渡価格:5,000万円
- 買替資産の取得価格:6,000万円(土地4,200万円、建物1,800万円)
- 譲渡資産の取得費+譲渡費用:3,000万円(土地および減価償却後の建物価格の合計)
1)引き継ぐ取得価格の計算
- 3,000万円×80%=2,400万円
- 5,000万円×20%=1,000万円
- 6,000万円-5,000万円=1,000万円
- 2,400万円+1,000万円+1,000万円=4,400万円
2)取得価格の土地と建物への配分
- 土地:4,400万円×4,200万円÷6,000万円=3,080万円
- 建物:4,400万円×1,800万円÷6,000万円=1,320万円
したがって、買換え資産が引き継いだ取得価格は、
- 土地:3,080万円
- 建物:1,320万円
となります(買換えた資産の実際の価格、土地4,200万円、建物1,800万円ではない)。
譲渡資産の売却額>買換資産の購入額の場合
- 譲渡資産の譲渡価格:8,000万円
- 買替資産の取得価格:4,000万円(土地2,500万円、建物1,500万円)
- 譲渡資産の取得費+譲渡費用:3,000万円(土地および減価償却後の建物価格の合計)
1)引き継ぐ取得価格の計算
- 4,000万円×80%=3,200万円
- 3,000万円×3,200万円÷8,000万円=1,200万円
- 1,200万円+4,000万円×20%=2,000万円
2)取得価格の土地と建物への配分
- 土地:2,000万円×2,500万円÷4,000万円=1,250万円
- 建物:2,000万円×1,500万円÷4,000万円=750万円
したがって、買換え資産が引き継いだ取得価格は、
- 土地:1,250万円
- 建物:750万円
となります(買換えた資産の実際の価格、土地2,500万円、建物1,500万円ではない)。
譲渡資産の売却額=買換資産の購入額の場合
- 譲渡資産の譲渡価格:5,000万円
- 買替資産の取得価格:5,000万円
- 譲渡資産の取得費+譲渡費用:3,000万円
1)引き継ぐ取得価格の計算
- 3,000万円×80%=2,400万円
- 5,000万円×20%=1,000万円
- 2,400万円+1,000万円=3,400万円
・No.3426 事業用資産の買換えの特例を受けて買い換えた資産の取得価額とされる金額の計算
なお、古いアパートに買換えた場合に行う修理や改良費といった資本的支出は、買換え資産の購入価格に含めることができます。
アパート、マンションの修繕の何が資本的支出になるかは、下記の記事をご覧ください↓
「特定の事業用資産の買換え特例」のデメリット
上記シミュレーションを見ると得するように思える「特定の事業用資産の買換え特例」ですが、譲渡資産の取得費を引き継ぐことで、「取得費」と「減価償却費」小さくなる、というデメリットが生じます。
その結果、
- 買換え資産所有中→所得税が高くなる
- 買替資産の売却時→譲渡所得税が高くなる
ということが起きます。
たとえば、次の条件で比較してみます。
譲渡資産の売却額<買換資産の購入額の場合
- 譲渡資産の譲渡価格:5,000万円
- 買替資産の取得価格:6,000万円(すべてアパートの建築額)
- 譲渡資産の取得費+譲渡費用:3,000万円(土地および減価償却後の建物価格の合計)
1.引き継ぐ取得価格の計算
- 3,000万円×80%=2,400万円
- 5,000万円×20%=1,000万円
- 6,000万円-5,000万円=1,000万円
- 2,400万円+1,000万円+1,000万円=4,400万円
2.譲渡所得税の計算
特例を受けた場合
- 5,000万円×20%=1,000万円
- 3,000万円×20%=600万円
- 1,000万円-600万円=400万円
- 所得税:400万円×20.315%=81万2,600円
特例を受けない場合
- (5,000万円-3,000万円)×20.315%=406万3,000円
比較
譲渡所得税
特例を受けた場合 | 特例を受けなかった場合 | 差額 |
81万2,600円 | 406万3,000円 | 325万400円 |
結論:初年度は特例を受けた方が325万円お得となります。
所得税
前提条件:アパートの減価償却費(木造アパート 耐用年数22年 償却率0.046)、所得税率55%(住民税込み)
特例を受けた場合の減価償却費 | 特例を受けなかった場合の減価償却費 | 差額 |
4,400万円×0.046=202万4,000円 | 6,000万円×0.046=276万円 | 73万6,000円 |
特例を受けた場合の節税額 | 特例を受けなかった場合の所得税 | 差額 |
202万4,000円×55%=111万3,200円 | 276万円×55%=151万8,000円 | 40万4,800円 |
結論:所得税(住民税込み)の最高税率55%で計算すると、特例を受けない方が約40万円有利となります。
繰延べ効果の損益分岐点
計算式 | 損益分岐点 |
325万円÷40万4,800円 | 8年 |
結論:8年後には、特例の繰延べ効果がなくなります。
このシミュレーションからもわかる通り、買換え資産は譲渡資産の取得価格を引き継ぐため、その結果、取得費は小さくなってしまいます。
そのため、資産を買換えた時点では、特例のメリットを享受できますが、買換え資産を所有している期間は、減価償却費が多く計上できず、所得税が増えてしまいます。
したがって、長期視点で見ると(このシミュレーションでは所有期間が8年以上)、特例を受けないで、あえて売却益の全額に20%の所得税方が得ということもあり得ます。
「特定の事業用資産の買換え特例」の注意点
特定の事業用資産の買換えの特例にはいくつかの注意点があります。
気をつけないと、特例を受けられないことも出てきます。
1.譲渡資産の「取得日」は引き継げない
事業用の買替資産は、譲渡資産の「取得日」を引き継ぎません。
つまり、買換資産を「買換えた日」が「取得日」となります。
このため、気をつけてないと、場合によっては「短期譲渡所得」になり、39.63%の高い税率が適用されてしまいます。
不動産を売却したときの税金は、その不動産を所有した期間、5年以下か5年超で大きく変わります。
区分 | 税率 |
短期譲渡所得 | 39.63% |
長期譲渡所得 | 20.315% |
不動産を売った年の1月1日時点で5年以下なら短期譲渡所得になり、5年を超えているときは長期譲渡所得になりますが、詳しくはこちらの記事をご覧ください↓
自分で買換えた不動産なら忘れないでしょうが、たとえば親が買換えた不動産を相続したのなら、その事実を見落とすこともあるかもしれません。
こんなケースでは、取得日がいつになる気つけてないと、所有期間5年以下の短期譲渡所得となってしまいます。
取得日を調べる場合は、過去の確定申告書を探すか、税務署で確認しましょう。
相続・贈与で受け継いだ不動産の「取得日」については、こちらの記事をご覧ください↓
2.売却資産も買換資産も事業用資産でなくてはいけない
「特定の事業用資産の買換え特例」の要件には、売却する資産も、買換えの資産も、共に事業用でなくてはいけません。
ただし、基本的に貸付けなどで収入を得ていた不動産は、事業用として認められます。
規模が小さく事業とは呼べないような場合でも、対価を継続して得ているなら特例が適用可能となります。
借地契約をしている底地でも、地代を継続的に受け取っていれば、特例の対象になります。
また、所有者本人が使っていなくても、生計を一にする親族が事業で使っている場合は、所有者本人の事業に使われていたものとして取り扱われます。
・No.3411 親族の事業の用に使わせている資産を買い換えたとき
しかし、次に該当するものは、事業用資産になりませんので注意しましょう。
(1)棚卸資産、雑所得の基因となる土地および土地の上に存する権利
(2)事業用資産の買換えの特例の適用を受けるためだけの目的で、一時的に事業の用途に使ったと認められる資産
(3)空閑地である土地や空き家である建物等
(注)運動場、物品置場、駐車場などとして利用している土地であっても、特別の施設を設けていないものは、この空閑地に含まれます。
No.3402 事業用の資産の範囲
青空駐車場の場合には、対価を継続的にもらって貸していても、事業とみなされないことに注意です。
駐車場の場合は、アスファルト舗装などを設置してないと(上記の「特別の施設」がこれに当たります)、事業用の不動産と判定されないのです。
3.買換えができる時期
買換えの特例は、売却した年に買換えれば、問題ありませんが、そうはいっても計画通りに進まないのが不動産です。
そこで、買換える時期については、前年、翌年まで認められています。
さらに、やむ得ない事情がある場合には、税務署に延長の申請書を提出するこで、前々年、翌々年まで認められるようになります。
・No.3423 期限までに買換資産を買えなかったとき(事業用資産)
店舗兼住宅は3,000万円の特別控除と一緒に使える
「特定の事業用資産の買換え特例」は、店舗兼住宅の場合にも利用できます。
このとき、住宅部分と店舗部分を切り離して、それぞれ次の特例を利用できます。
- 店舗部分:事業用資産を買換えたときの特例
- 住宅部分:「居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の特例」や「居住用財産を買い換えたときの特例」など
なお、居住用部分が90%以上の場合は、全体を居住用に使っていたものとして、3,000万円の特別控除を受けられます。
「特定の事業用資産の買換え特例」を適用させるために必要な書類
事業用資産の買い換え特例を適用するためには、資産を売却した翌年の3月15日までに所得税の確定申告を行う必要があります。
必要書類
- 譲渡所得の内訳書(確定申告書付表兼計算明細書)[土地・建物用]
- 買換資産の登記事項証明書などその資産の取得を証する書類
- 譲渡資産および買換資産が特例の適用要件とされる特定の地域内にあることを証する市区町村長等の証明書など
まとめ
「特定の事業用資産の買換え特例」は、繰延べ効果で当初は税金を安く抑えられますが、そのデメリットもよく考えておくべきです。
記事中にも書きましたが、買換え資産を所有中は減価償却費が少なくなるため、所得税は多くなり、所得税率が高い人の場合は、10年くらいで繰り延べた税金分を所得税が超えてしまいます。
また、取得費用が小さくなるため、買換え資産を売却するときは、こちらも譲渡所得が多くなるという点も気をつけなくてはいけません。
買替の特例を受けるか、あえて受けずに税金を支払うかは、中長期の視点に立って選択しましょう。
目先の税金に釣られると、後々後悔することになりかねませんよ。
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