社長は会社の借入の連帯保証人になっていることがありますが、会社が返済不能になると、社長個人が残債を弁済しなくてはいけなくなります。
連帯保証は経営者の規律の観点から必要ともいわれていますが、個人資産で何百、何千万円、下手をしたら何億円と返済しなくてはいけないのですから、会社の経営破綻をきっかけに破産してしてしまう怖れもあります。
この連帯保証の負担を考えると、廃業や事業再生の決断ができなくなり、余計に負債が膨らんでしまうことにもなりかねません。
とくに、廃業でも事業再生でも、保証人が新たなスタートを切ることの足かせになることは間違いないでしょう。
そこで国は会社の経営状態が悪化したときでも、事業再生や廃業を選択しやすいように、経営者保証の取扱いを平成26年に「経営者保証に関するガイドライン」に定めました。
さらにこのルールを明確化し、よりガイドラインを利用しやすくするために、令和4年3月に「廃業時における「経営者保証に関するガイドライン」の基本的考え方」を発表しました。
「廃業時における「経営者保証に関するガイドライン」の基本的考え方」とは
「廃業時における「経営者保証に関するガイドライン」の基本的考え方」とは、その名の通り、廃業時に特化した経営者保証に関する「基本的な考え方」を示したもです。
廃業時の保証人に関する取扱いは、これまでにも「経営者保証に関するガイドライン」の第7項「保証債務の整理」に示されていました。
さらに「廃業時における「経営者保証に関するガイドライン」の基本的考え方」よって、その趣旨が明確化された形となりました。※より理解をふかめるためには、「経営者保証に関するガイドラインのQ&A」も読んだ方がいいでしょう。
このガイドラインは、連帯保証人の負担を軽減することによって、経営者が早い段階で事業再生や廃業を選択しやすくし、再スタートしやすい環境を整えることを目的としています。
事実、連帯保証人に弁済する金額が無い弁済計画、いわゆる「ゼロ円弁済」でも許容されることとされています。
さらに、経営者の再スタートを後押しするため、保証債務を整理しても、信用情報(ブラックリスト)や官報にも載ることもありません。
経営者保証に関するガイドラインの対象になる連帯保証人の条件
このガイドラインの対象になる保証人は、以下の条件を満たさなくてはいけません。
- 保証契約の主たる債務者が中小企業であること
- 保証人が個人であり、主たる債務者である中小企業の経営者であること※
- 主たる債務者及び保証人の双方が弁済について誠実であり、対象債権者の請求に応じ、それぞれの財産状況等(負債の状況を含む。)について適時適切に開示
していること - 主たる債務者及び保証人が反社会的勢力ではなく、そのおそれもないこと
※実質的な経営権を有している人、営業許可名義人又は経営者の配偶者(当該経営者と共に当該事業に従事する配偶者に限る)が保証人となる場合と、経営者の健康上の理由により、事業承継予定者が保証人となる場合は、経営者でなくても対象となります。
(3)の誠実性の要件については、保証人にガイドラインの適用を認めることが相当かどうかの適格性を問うものとなり、ウソや隠し事が悪質だと判断されると、対象外となる可能性があります。
誠実性要件(適格要件)については、保証人について保証GLの適用を認めることが相当かどうかの適格性を問うものですので、形式的に判断するのではなく、経営者保証に関するガイドラインによる保護を与えるのが相当ではないと考えられる程度の悪質性や重大性を備えるものに限ると解釈されるべきと解されています(「ニューホライズン」小林信明53頁参照)。
経営者保証に関するガイドラインはどのような場合使えるのか(要件論)
ガイドラインを適用できるかの債権者の判断基準
ガイドラインに法的強制力はありませんが、金融機関が保証債務の整理の申し出を保証人から受けたときは、「経営者保証に関するガイドライン 第7項(1)のイ)~ニ)」に基づいて判断し、誠実に対応することとされています。
「経営者保証に関するガイドライン 第7項(1)のイ)~ニ)」は以下の通りです。
イ)保証契約が「経営者保証に関するガイドライン第3項」の要件をすべて満たすこと。※上記の①~④までの内容です。
ロ)主たる債務者が法的債務整理手続の開始申立て、または利害関係のない中立かつ公正な第三者が関与する私的整理手続及びこれに準ずる手続の申立てをこのガイドラインの利用と同時に現に行い、またはこれらの手続が係属し、もしくはすでに終結していること。
ハ)主たる債務者と保証人の資産と債務の状況や保証債務の状況を総合的に考慮し、債務や保証債務の破産手続きよる配当よりも、多くの回収を見込めるなど、金融機関にとっても経済的な合理性が期待できること。
二)保証人に破産法第252条第1項(第10号を除く。)に規定される免責不許可事由が生じておらず、そのおそれもないこと
一 債権者を害する目的で、破産財団に属し、又は属すべき財産の隠匿、損壊、債権者に不利益な処分その他の破産財団の価値を不当に減少させる行為をしたこと。
(免責許可の決定の要件等)第二百五十二条 一
廃業時のガイドラインで明確化された2つのこと
「廃業時における「経営者保証に関するガイドライン」の基本的考え方」で明確されたことは次の通りです。
1.経営者の処遇
会社の業績が悪化したことには、経営者にも責任はありますが、その一事をもって、「一律かつ形式的に経営者の交代を求めないこと」とされています。
つまり、状況次第によっては、社長はそのまま経営者として会社に残ることができます。
その際の判断基準として、以下のことが挙げられています。
イ)主たる債務者の窮境原因及び窮境原因に対する経営者の帰責性
ロ)経営者及び後継予定者の経営資質、信頼性
ハ)経営者の交代が主たる債務者の事業の再生計画等に与える影響
ニ)準則型私的整理手続における対象債権者による金融支援の内容
ただし、経営者として何も責任を負わなくてよいかとなればそうもいきません。
- 保証債務の全部または一部の履行
- 役員報酬の減額
- 株主権の全部または一部の放棄
- 代表者からの退任等
このような措置を執ることによって、経営者の責任を明確化することとされています。
2.手元に残る資産(保証債務の範囲)
保証人が弁済した後に残る資産は、なるべく手元に残るように配慮されています。
仮に、自己破産する場合は、最低限の生活費しか残せません。
しかし、ガイドラインに則って、
- 早期に廃業手続きに着手すること
- 回収額が増額する見込みがある
場合は、手元に資産(以下、残存財産)が残るように考慮してもらえます。
これによって、経営者に早め早めの廃業の決断を促すことになり、再スタートを切りやすい環境を整えられるようになります。
「回収額の増額の見込み」とは
ちなみに、「回収額の増額の見込み」とは、次のような基準に基づいて判断されます。
1.主たる債務者が再生型手続の場合
①の額が②の額を上回る場合には、破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがあるため、一定の経済合理性が認められる。
①主たる債務及び保証債務の弁済計画(案)に基づく回収見込額の合計金額
②現時点において主たる債務者及び保証人が破産手続を行った場合の回収見込額の合計金額
2.主たる債務者が第二会社方式により再生を図る場合
①の額が②の額を上回る場合には、破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがあるため、一定の経済合理性が認められる。
①会社分割(事業譲渡を含む)後の承継会社からの回収見込額及び清算会社からの回収見込額並びに保証債務の弁済計画(案)に基づく回収見込額の合計金額
②現時点において主たる債務者及び保証人が破産手続を行った場合の回収見込額の合計金額
3.主たる債務者が清算型手続の場合
①の額が②の額を上回る場合には、破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがあるため、一定の経済合理性が認められる。
①現時点において清算した場合における主たる債務の回収見込額及び保証債務の弁済計画(案)に基づく回収見込額の合計金額
②過去の営業成績等を参考としつつ、清算手続が遅延した場合の将来時点(将来見通しが合理的に推計できる期間として最大3年程度を想定)における主たる債務及び保証債務の回収見込額の合計金額
保証人の手元に残せる4つの資産
残存財産には、一定期間の生活費(90日~330日の生活費)や華美でない自宅が対象となり、金融機関との協議によって、手元に残せる可能性があります。
また、保証人の資産を売却して換金した場合でも、話し合いのうえ、残存財産へ含めることは可能となります(ただし、後述する一定の生活費を超える場合は、その必要性について、個別の事情を説明することが求められます)。
仮に、保証人に弁済する資力がない場合でも、いわゆるゼロ円弁済も考慮することが求められていて、手元資産を残すことで、保証人が再スタートをしやすいように配慮されています。
1.一定期間の生活費に相当する現預金
「一定期間」については、雇用保険の給付期間が基準になります。
保証人の年齢 | 給付期間 |
30歳未満 | 90日~180日 |
30歳以上35歳未満 | 90日~240日 |
35歳以上45歳未満 | 90日~270日 |
45歳以上60歳未満 | 90日~330日 |
60歳以上65歳未満 | 90日~240日 |
「生計費」については、1月当たりの「標準的な世帯の必要生計費」として、民事執行法施行令で定める額(33万円)が基準となります。
この必要生活費と雇用保険の給付期間を掛け合わせたものが、一定期間の生活費の目安となります。
※「華美でない自宅」を残すことにより、保証人に住居費が発生しなくなるときは、一般的な居住費を生活費から引く調整をされることもあります。
上記基準を目安にしつつ、保証人の経営資質、信頼性、窮境に陥った原因における帰責性などが考慮され、個別案件毎に増減を検討することになります。
2.華美でない自宅
「回収見込み額の増加額の上限とする」という条件がありますが、
- 自宅が店舗を兼ねていて資産の分離が困難
- 安定した事業継続に必要
と判断される「華美でない」自宅は、必要な生活費に加え、残せる可能性があります。
破産の場合には、親族が破産管財人から自宅を買い戻すことができなければ、自宅を失ってしまいます。
それに比べガイドラインは、金融機関からの理解が必要ですが、自宅を残せる余地があります。
住宅ローンが残っている場合
自宅の資産価値より、住宅ローンが多く残っている場合は、債権者たる金融機関からみて、住宅の価値はないことになります。
そのため、住宅ローンを支払うことができれば、自宅に住み続けられるます。
住宅ローンの債権者は、基本、ガイドラインが示す対象債権者ではありませんので、住宅ローンが支払えれば、自宅を残すことは問題ないのです。
それに対し、住宅ローンより自宅の資産価値が高い場合は、「回収見込み額の増加額の範囲」で対応が分かれます。
「回収見込み額の増加額の範囲以内」であれば、華美でない自宅の場合は、協議によって自宅を残すことも可能になります。
その一方で、「回収見込み額の増加額の範囲を超える」場合は、原則として、自宅を換価して返済に充てることになります。
ただし、この場合でも、余剰部分の処分価値相当額を分割弁済し、金融機関との協議によって残すことも可能になります。
自宅に抵当権が設定されている場合
社長の自宅には抵当権が設定されていることがあります。
ガイドラインに基づく弁済計画の効力は、この抵当権者にまで及びません。
そのため、場合によっては抵当権を実行されてしまうこともあります。
そこでガイドラインでは、弁済計画に重大な影響を及ぼす怖れのある抵当権者を、対象債権者に含めることができるとされています。
弁済計画に対象債権者が含められることで、たとえば、自宅を失うことで保証人の再スタートに支障を来すような場合には、保証人が当分住み続けられるようにガイドラインに則って協議の場を設けることができるようになります。
その結果、自宅以外の資産を売却して、分割弁済に充てるなどの方法を採ることにより、自宅に住み続けられるといったことも可能になります。
なお、この際の弁済計画も、保証人の収入等を勘案し、保証人の経済的再建に支障がないようにすることが求められています。
3.事業継続に必要な資産
主たる債務者の債務整理が再生型手続きの場合で、本社、工場等、主たる債務者が実質的に事業を継続する上で最低限必要な資産が保証人の所有資産である場合は、原則として保証人が法人に対して当該資産を譲渡して法人の資産とすることにより、「保証債務の返済原資から除外される」ことになります。
事業継続に必要な資産を残せることで、その後の返済計画も立てやすくなるでしょう。
なお、保証人が法人から譲渡の対価を受取るときは、原則として保証債務の返済原資としたうえで、保証人の申し出を踏まえつつ、残存財産の範囲が決められます。
4.その他の資産
生命保険等の解約返戻金、敷金、保証金、電話加入権、自家用車その他の資産については、破産手続における自由財産の考え方や、その他の個別事情を考慮して、回収見込額の増加額を上限として残存資産の範囲を判断されます。
ちなみに、終身保険や養老保険などの解約返戻金のある保険は、差押えの対象となります。
経営者保証のガイドラインによれば、生命保険の解約返戻金は、残存財産に加えることも考慮されますが、それも絶対ではありません。
社長が連帯保証人で死亡保障に備えるなら、差押えの対象とならない「掛捨て型の定期保険」の方が合っているといえます。
保証債務は主たる債務と「一体」で処理することが基本
ここまでお読みになってわかると思いますが、金融機関は柔軟な対応を求められており、保証債務を弁済するために、ケツの毛までむしられる、といったことはないと思われます。
もちろん、保証人がガイドラインに則って、誠実に対応をすればという前提ですが、保証人が再チャレンジしやすい環境を整えられるように配慮されています。
ただし、一点だけ注意点があります。
保証債務の整理の申し立ては、主たる債務の整理手続きの開始前に、遅くとも「主たる債務の整理手続の係属中に開始すること」が必要になります。
もし、このラインを超えて、たとえば主たる債務の整理が終了した時点で申し込んでしまうと、保証人からの回収も見込める状況を生んでしまいます。
それが、自由財産を超えて保証人に資産を残すことが、金融機関にとって「経済合理性が認められない」理由になってしまいます。
逆にいえば、こういったケースでは、自由財産以上の資産があれば、回収の対象になるということです。
その結果、自由財産を超えて資産を残せなくなるというわけです。
したがって、保証債務の整理は、それができない理由がない限り、主たる債務と一体となって行うのが基本になります。
※保証債務のみを整理する場合は、原則として、当該整理にとって適切な準則型私的整理手続を利用することとするとされています。
残存財産の範囲を決めるときの債権者の判断基準
なお、金融機関は以下の点を総合的に考えて、残存資産の範囲を決めることとされています。
イ)保証人の保証履行能力や保証債務の従前の履行状況
ロ)主たる債務が不履行に至った経緯等に対する経営者たる保証人の帰責性
ハ)経営者たる保証人の経営資質、信頼性
ニ)経営者たる保証人が主たる債務者の事業再生、事業清算に着手した時期等が事業の再生計画等に与える影響
ホ)破産手続における自由財産(破産法第34条第3項及び第4項その他の法令により破産財団に属しないとされる財産をいう。以下同じ。)の考え方や、民事執行法に定める標準的な世帯の必要生計費の考え方との整合性
この判断を保証人が金融機関に求める際、
- 保証人の資力に関する情報を誠実に開示する
- 開示した情報の内容の正確性について表明保証を行う
- 支援専門家は、対象債権者からの求めに応じて、当該表明保証の適正性についての確認を行う
- その内容を対象債権者に報告する
以上のことを「前提とする」とされています。
主たる債務者と保証人の対応
廃業に至る前の対応として、主たる債務者と保証人は次のことを行っているが求められます。
- 法人と経営者との関係の明確な区分・分離に向けた取組み
- 財務状況の正確な把握
- 適時適切な情報開示等による経営の透明性確保に向けた取組み
- 財務状況及び経営成績の改善を通じた返済能力の向上に向けた真摯な努力
これらのことを行ったうえで廃業の決断に至ったときは、直ちに債権者たる金融機関に申し出るとともに、負債を含めた財産状況について適時適切に開示することとされています。
また保証人は、弁済計画案の策定に当たり、誠実かつ丁寧に表明保証を行うとともに、金融機関からの情報開示の要請に対して正確かつ丁寧に信頼性の高い情報を可能な限り早期に開示・説明することも求められます。
保証債務の弁済計画
保証債務の弁済計画案は、以下のことを含む内容を記載することを原則とするとされています。
a)保証債務のみを整理する場合には、主たる債務と保証債務の一体整理が困難な理由及び保証債務の整理を法的債務整理手続によらず、このガイドラインで整理する理由
b) 財産の状況(財産の評定は、保証人の自己申告による財産を対象として、算定される残存資産を除いた財産を処分するものとして行う。なお、財産の評定の基準時は、保証人がこのガイドラインに基づく保証債務の整理を対象債権者に申し出た時点(保証人等による一時停止等の要請が行われた場合にあっては、一時停止等の効力が発生した時点をいう。)とする。)
c) 保証債務の弁済計画(原則5年以内)
d) 資産の換価・処分の方針
e) 対象債権者に対して要請する保証債務の減免、期限の猶予その他の権利変更の内容
ガイドラインを利用した場合、保証人は全財産を手放す必要はなくなり、債務整理後に以下のような自由財産を手元に残すことが可能となります。
- 債務整理の申出後に新たに取得した財産
- 差押禁止財産(生活に欠くことのできない家財道具等)
- 現金(99万円)
- 破産法第34条第4項に基づく自由財産の拡張に係る裁判所の実務運用に従い、通常、拡張が認められると考えられる財産
上記の財産に加えて、安定した事業継続に必要と判断された場合は、先述した一定期間の生活費と華美でない自宅を残すこともできます。
ちなみに、弁済計画は原則5年とありますが、個別の事情を考慮して、5年以上とすることも可能です。
なお、保証債務の履行請求額は、期限の利益を喪失した日等の一定の基準日における保証人の資産の範囲内とし、基準日以降に発生する保証人の収入を含まないとされています。
まとめ
経営者による連帯保証人の問題は根が深く、廃業や事業再生を決断できない原因となってしまいます。
何百万円ならまだしも、何千万円、何億円となれば、自分の個人資産を失うわけですから、そう簡単に決断できないもの頷けます。
ただそれが仇となって、事業をズルズル続けて余計に負債を増やしてしまうことにも。
このような最悪の事態を避けるために、廃業時の保証人のガイドラインの利用が期待されています。
金融機関にしてみても、早めの決断を経営者にしてもらうことで、
回収額が増える可能性がある。
回収できないことに経済的合理性があれば、未回収部分を損金に計上できる
と、最悪のところまでいって破綻してしまうよりも、十分なメリットを得られます。
「経営者保証に関するガイドライン」は、保証人である経営者と金融機関のお互いがウィンウィンになれる方法なのです。
もし、事業承継でなく廃業や事業再生をお考えなら、早めに決断することで、傷を最小限に抑えることができます。
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