退職金は「退職した」という事実があってはじめて退職金として認められます。
退職という事実がなければ、退職金を否認されてしまいます。
しかし例外として、「社長」から権限のない「会長」などに役職を変更した場合(これを分掌変更といいます。以下、分掌変更)、一定条件を満たすことで、事実上退職したとみなされ、退職金を支給しても問題ないとされています。
では、「事実上の退職」とはどのような状態をいうのでしょうか?
この記事では、分掌変更により会長職に退いたにもかかわらず、「事実上の退職状態にない」と否認された事例を紹介し、退職したかどうかのラインがどのあたりなのかを探ります。
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退職した事実がなければ損金に計上できない
役員退職金が損金として認められる大前提は、その役員が「退職した」という事実があってはじめて成り立ちます。
退職した事実がないのに支払われたお金は、退職金、慰労金、功労金などのいかなる名目であっても、その役員に対する臨時的な給与として取り扱われます。
そしてそれは、法人税法第34条にいう、「支給時期が一月以下の一定の期間ごとである給与」、すなわち定期同額給与に当たらないため、損金に計上することはできません。
(役員給与の損金不算入)
第三十四条 内国法人がその役員に対して支給する給与(退職給与で業績連動給与に該当しないもの、使用人としての職務を有する役員に対して支給する当該職務に対するもの及び第三項の規定の適用があるものを除く。以下この項において同じ。)のうち次に掲げる給与のいずれにも該当しないものの額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。
一 その支給時期が一月以下の一定の期間ごとである給与(次号イにおいて「定期給与」という。)で当該事業年度の各支給時期における支給額が同額であるものその他これに準ずるものとして政令で定める給与(同号において「定期同額給与」という。)
法人税法第34条
分掌変更で「退職」とならない理由
役員の任期は一定期間と定められていますが、更新の度に退職するということはなく、多くは再任されるのがほとんどです。
このような場合、役員委任契約が継続しているものとして扱われ、退職したとはされません。
同じように、代表取締役だった役員が、その地位を辞任して代表取締役以外の役員になったとしても、その人は単に分掌変更されたに過ぎませんから、退職したとはなりません。
ただし、その分掌変更が、
- 常勤役員から経営にタッチしない非常勤役員になった
- 取締役から経営上重要な地位にない監査役になった
など、役員としての地位が激変し、「事実上退職したと同じ状態」にあると認められるときには、その分掌変更にともなって支給された退職金は、法人税法上の退職金として取り扱うことが認められています。
※後述しますが、上記はあくまで参考例です。
分掌変更後も退職してないとして退職金を否認された事例
この記事でご紹介するのは、代表取締役である役員(以下、本件役員)が病気を発症してそれを理由に代表権のない取締役会長になり、その分掌変更に伴い支給された退職金が否認された事例です。
否認された理由は
「分掌変更により実質的に退職したと同様の事情にあるとは認められない」
とされたからです。
事実関係
では、代表取締役から代表権のない会長職に退いた退職後、どのような状態だったか、その事実関係をみていきます。
役員報酬
- 本件役員の役員報酬は、分掌変更前に比べ55%減少した。
- もっとも、他の取締役に比べ、2倍の役員報酬であった。
出社状況
- 分掌変更後は、ほぼ毎日朝7時から8時に出社し、午前中で退社していた。
- 分掌変更前も後も、自ら車を運転して出勤していた。
- 分掌変更前に比べ、大幅に勤務時間は減った。
取引先との関係
- 取引先には、代表取締役を辞任し、会長に退いたことと、役員Bが代表取締役に就任したことを告知していた。
- 本件役員は分掌変更後、商品の取引価格の決定にかかわる権限を部下に移譲していった。
- 取引価格に関する権限移譲後も、部下にアドバイスをしたり、取引条件について取引先から直接電話を受けたり、メーカーや商社の幹部に対し接待(22回以上)をしていた。
金融機関との関係
- 分掌変更後は、後継者のB(代表取締役)に権限を委譲していったが、金融機関との契約締結や借入の申し込みを行っていた。
- 一部の金融機関とは同意を得て連帯保証人を外してもらった。
- Bと借入先の金融機関との交渉の場に、本件役員は立ち会っていた。
人事関係
- 本件役員は、分掌変更前は給与や賞与の査定を行っていたが、分掌変更後は、その権限を部下に移譲していった。
- 分掌変更後の取締役会に出席し、役員の報酬を減額したり増額したりすることの承認をしていた。
- 同じく、その取締役会で、役員人事に関する承認をしていた。
- 横領を犯した所長の解雇を決定する人事に加わった(承認した)。
会社の支出関係
- 事業用固定資産の購入の決定に加わっていた(購入価格は、数千万円~1億円超)。
- 会社の近隣住民とのトラブルで、解決のため住民に金員を渡すことを指示していたが、そのことを現代表取締役やその他の取締役に相談していなかった。
- 分掌変更後も、各事業所の経費に係る領収書をチェックし、自らサインをしていた。
復帰
本件役員は、さまざまな権限を部下や役員Bに移譲してきたが、所長の解雇など部下の不正がきっかけで代表取締役への復帰を決意し、その後平成〇年に再度代表取締役に就任した。
裁判所の判断
このような状況について裁判所は、
- さまざまな権限を役員Bをはじめとする部下に移譲していたことは認められる。
- 役員報酬も分掌変更前に比べ55%と減少し、勤務時間も半分以下になっている。
- この状況を鑑みれば、分掌変更前に比べ、本件役員の地位や職務につき相応の変動が生じたと認められる
としました。
しかし、下記の状況を判断して、
「分掌変更により、役員としての地位又は職務の内容が激変しておらず、本件役員について実質的に退職したと同様の事情があったものとは認められない」
としました。
- 近隣住民とのトラブル解決のための金員を、代表取締役や取締役に相談することなく支払っていた。
- 取引価格についてアドバイスしていたうえ、取引先との接待に出席し、営業面においても相当の役割を果たしている。
- 役員Bと金融機関との交渉の場に立ち会い、自らの意見を述べることもあり、一定の役割を果たしていることがうかがえる。
- 役員や従業員の人事・給与の決定に加わったり、数千万円から1億円超の事業用資産の購入にも加わっていた。
- 各事業所の経費に係る多数の領収書をチェックしている。
- ほぼ毎日、自ら自動車を運転して請求人に通勤していたことからすると、事業や人事の決定事項に関与などすることに耐えうる状態にあったと認められる。
退職したことを疑われないためにしておくべきポイント
分掌変更後の勤務実態をみると、権限を委譲したとはいえ、実質経営に関わっていたというのが実情です。
逆にいえば、上記のラインに抵触する下記のようなことは避けるべきです。
- 出社は毎日しない(週1日~2日程度にする)。
- 価格取引に関与しない。
- 取引先の接待に出席しない。
- 役員・従業員の給与、賞与、人事の決定に関与しない。
- 取締役会や経営幹部会議など、経営の重要な部分に関わる会議に参加しない。
- 会議に参加しても議事録に署名や押印をしない。
- 金融機関との交渉に出席しない。
- 重要な業務や経営上の意思決定に参加しない。
- 経費のチェック(押印や署名を含む)はしない。
- 役員報酬は、たとえ50%の減額でも、他の取締役とのバランスを取る。
- 代表の権限があると思わせる印刷物(名刺、パンフ、組織図など)やHPの記述は破棄する。
- SNSでの発信(接待をした等、経営に関わること)にも気をつける。
分掌変更後にこのような行動があれば、税務調査で指摘される可能性が高くなります。
ただし、「上記行動に当てはまったら即アウト」ではなく、疑わしい点が積み重なるとことで「事実上退職してない」と判断されますので、上記に当てはまることを絶対してはいけないわけではありません。
しかし、疑われるようなことは最初から避けるべきですし、たとえ当てはまることがあったとしても、それが積み重ならないよう、やはり疑わしい行動は慎むことが賢明です。
「職務内容が激減した」とはどんな状態をいうの?
ちなみに、法人税法基本通達9-2-32では、分掌変更後の「職務内容が激変した」という例として次のような事例を挙げています。
法人が役員の分掌変更又は改選による再任等に際しその役員に対し退職給与として支給した給与については、その支給が、例えば次に掲げるような事実があったことによるものであるなど、その分掌変更等によりその役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合には、これを退職給与として取り扱うことができる。
(1) 常勤役員が非常勤役員(常時勤務していないものであっても代表権を有する者及び代表権は有しないが実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)になったこと。
(2) 取締役が監査役(監査役でありながら実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者及びその法人の株主等で令第71条第1項第5号《使用人兼務役員とされない役員》に掲げる要件の全てを満たしている者を除く。)になったこと。
(3) 分掌変更等の後におけるその役員(その分掌変更等の後においてもその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)の給与が激減(おおむね50%以上の減少)したこと。(注) 本文の「退職給与として支給した給与」には、原則として、法人が未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は含まれない。
法人税基本通達 9-2-32 役員の分掌変更等の場合の退職給与
上記をまとめると
- 常勤役員が非常勤役員になった。※
- 取締役が監査役になった。※
- 分掌変更後に役員報酬が50%以上激減した。※
といったことが、「職務内容が激減した」ことに挙げられています。※通達にある通り、「○○と認められる者を除く」という要件があります。
ただし、この通達に挙げられた例は、「例えば次に掲げるような事実」とあるように、あくまで「例示」であって「要件」でないことに注意が必要です。
一つの目安で示されているだけで、上記に該当したからといって、セーフになるわけではないのです。
現にこの記事で紹介した事例でも、役員報酬は分掌変更前に比べて55%減額していたにもかかわらず、否認されているのが好例です。
分掌変更後に退職したかどうかの判定は、トータルで判断されることを忘れないようにしましょう。
まとめ
この記事では、社長が代表権のない会長に退いたなど、役員の分掌変更後の退職の判定基準について解説してきました。
分掌変更後に「事実上退職してない」と判定されると、会社側は退職金が役員賞与となり、全額損金不算入になります。
さらに個人では、退職金は役員賞与となって退職所得控除が取り消され、分離課税から総合課税になり、多額の所得税が課せられます。
一般的に退職金は多額になので、所得税率も最高税率55%になるかもしれません。
そのうえ、個人や法人に、過少申告加算税や延滞税、源泉所得税の不納負加算税、悪質と認められると重加算税まで加わります。
泣きっ面に蜂、どころのダメージではなくなります。
分掌変更で代表を退職したときには、国税から疑われないよう、退職した事実をしっかり積上げましょう。
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