役員は「会社」に対して責任を負いますが、取引先といった第三者に対しても責任を負うことになります。
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
会社法第429条
役員が会社に対して負う責任は、忠実義務、善管注意義務、法令違反、監視義務などに及びますが、第三者に対して負う損害賠償の責任の範囲はどの程度まで及ぶでしょう?
この記事では、役員が第三者に対して負う責任について解説します。
役員の責任の範囲
原則的には、取締役は会社の債権者に対して責任を負いません。
単に経営不振で倒産した場合に、役員の個人責任を問うことは、後述しますがそれだけはむずかしいといえます。
ただ次の2つについては、役員が個人責任を負うことなります。
役員個人が保証した場合
会社が銀行から借入を行ったり、リース会社などと取引を開始する場合、会社の債務を役員個人が保証することがあります。
この保証した債務は、会社が返済不能になると、役員個人が弁済することになります。
とくに「連帯保証人」になると、借りた本人(会社)と同等の責任を負いますから、連帯保証の責任から逃れることはむずかしいといっていいでしょう。
「悪意」または「重大な過失」がある場合
2つ目は、会社法429条に定める「役員等の第三者に対する損害賠償責任」です。
(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
1.役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
2.次の各号に掲げる者が、当該各号に定める行為をしたときも、前項と同様とする。ただし、その者が当該行為をすることについて注意を怠らなかったことを証明したときは、この限りでない。
① 取締役及び執行役 次に掲げる行為
イ 株式、新株予約権、社債若しくは新株予約権付社債を引き受ける者の募集をする際に通知しなければならない重要な事項についての虚偽の通知又は当該募集のための当該株式会社の事業その他の事項に関する説明に用いた資料についての虚偽の記載若しくは記録
ロ 計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書並びに臨時計算書類に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
ハ 虚偽の登記
② 虚偽の公告(第440条第3項に規定する措置を含む。)
二 会計参与 計算書類及びその附属明細書、臨時計算書類並びに会計参与報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
三 監査役及び監査委員 監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
四 会計監査人 会計監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
会社法第429条
民法429条の「役員等の第三者に対する損害賠償責任」は、会社が倒産した場合に、会社からの回収が事実上できないような状態の際、役員の責任を追及して債権回収を図るときに使われるようです。
上記条文は、役員が第三者に対して負う責任を規定していますが、条文に「悪意」または「重大な過失」とあるように、単なる過失では役員に対して損害賠償を問えません。
役員が第三者からの損害賠償の対象になるケースとしては、
- 役員が行う職務について、任務懈怠があったこと
- 役員に悪意または重大な過失があること
- 第三者に損害が発生していること
- 役員の悪意重過失があった行為と第三者の損害との間に因果関係があること
といった条件が必要とされてます。
役員の第三者に対する責任の判断例(最高裁の判例)
では、「役員等の第三者に対する損害賠償責任」を判例で具体的にみていきます。
ご紹介するのは、最高裁昭和44年11月26日大法廷判決です。
事案の内容
A社という会社があり、この会社の代表取締役はBという人物でした。
A社は業績不振になり、BはCという人物の信用や地位を利用して、業績を回復させようとしました。
そこでBはCにお願いして、A社の代表取締役になってもらうことにしました。
CはA社の代表取締役になることを承諾しましたが、自身の多忙を理由に、出社は週に2,3回、社長印をBに預け、さらにCの名前で小切手を振り出す権限も与え、業務の一切をBに任せてしまいました。
そしてBは振出人C(A社代表取締役社長C)の約束手形で、鋼材会社から鋼材を仕入れました。
しかし、約束手形は支払いされないままとなり、その結果、鋼材会社からCが旧商法266条(会社法429条)に基づく損害賠償で訴えられたのです。
最高裁の判断
この事案について最高裁は
「役員は善管注意義務・忠実義務に違反して第三者に損害を与えたとしても、当然に賠償の義務を負うものではない」
としつつも、第三者保護の立場から、
「取締役が悪意または重大な過失により、善管注意義務・忠実義務に違反し、第三者に損害を与えたときは、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当の因果関係がある限り、
- 間接的に第三者が損害を被った場合
- 直接的に第三者が損害を被った場合
を問わず、当該取締役は第三者に損害を賠償する責任を負う」
としました。
また、取締役に損害を受けた第三者としては
「取締役の任務懈怠について、悪意または重大な過失を立証すれば、故意または過失の立証をするまでもなく、会社法429条の規定に基づいて損害賠償できる」
としました。
さらに監視義務違反についても
「代表取締役が、他の代表取締役に会社の業務を任せきりにし、その業務執行に対して何ら意を用いることなく、ついにはそれらの者の不正行為ないし任務懈怠を看過するような場合には、自らもまた、悪意または重大な過失により任務を怠ったものとするのが相当」
としたのです。
名義貸しも責任を問われる可能性あり
上記判例でわかるように、他の役員の監視を怠った場合、「監視義務違反」に問われることになります。
代表取締役や一般的な役員はもちろん、仮に「名義だけ」の約束で役員になるような場合でも、悪意または重大な過失でほかの役員が第三者に損害を与えたときは、賠償責任を負う可能性は十分にあるということです。
名義貸しを簡単に考えてはいけません。
役員を辞任した後も登記がそのままだったら?
ちなみに、役員を辞任したはずなのに、登記がされたままの場合、その役員だった人は損害賠償の責任を負うでしょうか?
この事例も最高裁の判例があり(昭和62年4月16日判決)、結論としては
「役員を辞任した後に、登記がそのままであっても、積極的に取締役としての行為をした場合を除き、第三者に対して会社法429条の損害賠償を負わない」
とされています。
ただし、役員を辞任したにもかかわらず、自分が役員であるかのような不実の登記(登記をそのままにすること)を残すことを「明示的に承諾」を与えていた場合は、損害賠償の責を免れないともされていますので、全面的に責任から解放されるわけではありません。
また、「明示的に承諾」とありますので、辞任した後に登記されていることを知っていて、それを黙っていた場合には、「黙示的に承諾」となる可能性が高く、この判決の考え方に従えば、「黙示的な承諾」では賠償責任を負わないとなります。
まとめ
この記事では、役員が第三者に対して負う賠償責任について解説してきました。
最高裁の判例では(最高裁昭和44年11月26日大法廷判決)、善管注意義務や忠実義務に違反したとしても、必ずしも損害賠償を負うわけではないとされています。
悪意や重大な過失があれば別ですが、経営の失敗くらいでは、損害賠償は問えないといえそうです。
ただし、役員には「他の役員を監視する」という義務もあります。
自分に悪意や重大な過失がなくても、他の役員が悪意や重大な過失で任務懈怠となれば、それについては賠償責任を負うことになるので、企業全体のガバナンスやコンプライアンスもしっかり管理しないといけないということです。
経営に関わるわけですから、やはり役員の責務は重いです。
役員になるときは、責任の範囲も把握しておきたいところです。
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