取締役(以下、役員)には、「善管注意義務」という責任が課せられています。
「善管注意義務」とは、「善良なる管理者の注意義務」を略した言葉で、取締役が会社に対して負う基本的な義務をいいます。
具体的には、
「役員は、会社経営にたずさわる者として、善良なる管理者の注意義務をもって、会社経営や諸問題に取り組まなければならない」
ということを指します。
この記事では、役員が会社に対して負う「善管注意義務」について解説します。
役員の負う「善管注意義務」とは何か
会社と役員との関係は、
- 会社→委任者
- 役員→受任者
という「委任関係」になります。
株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
会社法330条
上記の会社法330条にいう「委任に関する規定」とは、
「受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う」
と民法644条に定められています。
受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
民法第644条
この民法644条のいう「善良な管理者の~」のことを、一般的に「善良なる管理者の注意義務」と呼びます。
役員は会社と委任関係にありますから、必然的に民法644条の「善管注意義務」を負うというわけです。
役員の負う「善管注意義務」の水準とは
役員が負う「善管注意義務」がどの程度かというと、会社法の求めるところの「役員の地位にある者に通常求められる水準の注意義務」とされています。
それでもよくわからないと思いますが、「善良なる管理者の注意義務」には、「自己の財産に対するのと同一の注意」(民法659条)」があり、これと比較してみるとわかりやすいかと思います。
無報酬で寄託を受けた者は、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、寄託物を保管する義務を負う。
民法第659条
民法659条のいう「善管注意義務」は、「無償で相手から物を保管することを頼まれた場合」に負うの義務の度合いで、それに対し役員の負う「善管注意義務」は、有償の委任契約、しかも役員の地位としてですから、それより重い義務となります。
法律論で考えるより、社内の立場で考えたら、それに見合ったものになりますよね、という方がわかりやすいですね。
役員は「忠実義務」も負う
役員は「善管注意義務」と同時に、会社法で「忠実義務」を負うことも定められています。
忠実義務とは、仮に役員と会社の間に利害関係が生じたとしても、役員は自己の利益より会社の利益を優先させてなくてはいけないとするものです。
取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。
会社法第355条
役員が自己の利益を優先させてしまえば、会社も何のための委任契約かという話になり、組織としても成り立ちません。
そのため、会社法で役員の忠実義務を定めているというわけです。
※忠実義務と善管注意義務は異なる位置づけという議論はありますが、判例では、会社法355条は役員の善管注意義務を明確にしたものと理解されています。
善管注意義務に該当すると損害賠償責任を負うことになる
役員が「善管注意義務」に違反した場合、「その任務を怠った」として、損害賠償責任を負うことになります。
これを「任務懈怠(にんむけたい)」といいます。
会社法423条1項には、
「役員は、その任務を怠ったときは、会社に対して生じた損害を賠償する責任を負う」
と定められていて、これが任務懈怠の根拠です。
取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
会社法第423条1項
ちなみに、役員の話をしていますが、上記を見ればわかる通り、会計参与、監査役、執行役、会計監査人も任務懈怠の「対象」です。
善管注意義務・任務懈怠が問われるケース
善管注意義務・任務懈怠が問われる場合とは、以下のようなケースです。
- 経営判断
- 監視義務
- 法令違反
- 株主代表訴訟
1.経営判断
経営判断において、その決定の過程や内容が、単に「不合理な点がある」だけでは、「善管注意義務」に違反したとはされません。
最高裁の判例では(アパマンショップ事件:平成27年7月15日判決)
「著しく不合理な点がある場合に善管注意義務に違反する」
とされています。
決定の過程や内容が、単に「不合理な点」があるだけで「善管注意義務」に該当するとすれば、ただでさえ不確実な事業の将来を、正確に読まなくてはいけないというプレッシャーが生まれます。
そのような不利な条件で、事業に失敗すれば即損害賠償となれば、役員はリスクを避けるようになるでしょう。
これではかえって健全な経営ができなくなります。
そこで、単に「不合理な点がある」だけでは「善管注意義務」に問えないとし、「著しく不合理な点がある場合に善管注意義務に違反する」としたのです。
これを「経営判断原則」といいます。
経営判断における「善管注意義務」を問われないためには、その決定を下すまでのプロセスに
- 十分な情報を収集して分析を行った上での決定か
- 会議を開いて十分な議論を行ったか
- 必要に応じて専門家の意見を聞いたか
といったことを行ったかがポイントになります。
これらの過程を経てない決定は、「著しく不合理な点」があるとされかねないところに注意が必要です。
2.監視義務
役員は、他の役員の職務の執行の監視をする義務があり、その監視を怠って(これを「監視義務違反」と呼びます)会社に損失を与えた場合、「善管注意義務」に問われます。
要するに、その他の役員への監視も職務の一つで、その職務を怠ったことによって会社が損失を被ると、監視という職務について任務懈怠となり、その役員は「善管注意義務」に該当することになるのです。
大規模な会社の役員の場合は、「内部統制システム構築・運用義務」も負うことになります。
3.法令違反
役員が法令に違反する行為を行ったときも、「善管注意義務」に違反します。
それだけでなく、会社が法令に違反しないようにすることの義務も役員にはあります。
役員は、法令を守る義務があり、これを破ると任務懈怠となり、「善管注意義務」となります。
ただし、最高裁の判決(野村証券損失補てん事件:平成12年7月7日判決)では、役員に法令違反行為があったとしても、故意・過失がなければ、損害賠償義務を負わないともされています。
4.株主代表訴訟
会社法423条1項がいう責任は、役員が会社に対して負う責任ですが、会社でなく株主から訴えられる場合もあります。
役員には監視義務もありますが、同じ職場で働く同僚の場合、仲間を訴えるのしのびないという理由から、本来であれば訴えるべき事由でも訴えない可能性があります。
そこで、株主が原告となって、会社のために訴訟を起こせる制度が、株主代表訴訟です。
株主代表訴訟の対象となる役員の責任の範囲は、会社法423条の任務懈怠責任のような「役員の地位に基づく責任」だけではありません。
会社が役員に対してお金を貸し付けている場合のような、「取締役の会社に対する取引債務についての責任」にまで及んできます。
役員貸付金や仮払金があると、訴えられる可能性もあります。
役員の任務懈怠・善管注意義務による損害賠償の時効期間
役員となっている間に生じた任務懈怠による損害賠償責任は、取締役を退任しても消滅しません。
その消滅時効は10年とされています。
とはいえ、時効にならないよう「時効の中断」のような措置を取られるでしょう。
また、損害賠償債務は、相続の対象にもなりますので、未払のままでお亡くなりになると、ご家族に支払い義務が生じます。
役員の損害賠償義務は免除できるか?
役員が負う損害賠償義務は、会社の所有者である株主の「全員の同意」があれば「全額」免除できます。
423条第1項の責任は、総株主の同意がなければ、免除することができない。
会社法第424条
ただ、全員の同意が得られなくても、株主総会(特別決議)や取締役会(定款の定めが必要)の同意があれば、「一部免除」できる制度があります。
424条の規定にかかわらず、第423条第1項の責任は、当該役員等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、賠償の責任を負う額から次に掲げる額の合計額(第427条第1項において「最低責任限度額」という。)を控除して得た額を限度として、株主総会の決議によって免除することができる。
会社法第425条
第424条の規定にかかわらず、監査役設置会社(取締役が二人以上ある場合に限る。)又は委員会設置会社は、第423条第1項の責任について、当該役員等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がない場合において、責任の原因となった事実の内容、当該役員等の職務の執行の状況その他の事情を勘案して特に必要と認めるときは、前条第1項の規定により免除することができる額を限度として取締役(当該責任を負う取締役を除く。)の過半数の同意(w:取締役会設置会社にあっては、取締役会の決議)によって免除することができる旨を定款で定めることができる。
会社法第426条
第424条の規定にかかわらず、株式会社は、社外取締役、w:会計参与、社外監査役又は会計監査人(以下この条において「社外取締役等」という。)の第423条第1項の責任について、当該社外取締役等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、定款で定めた額の範囲内であらかじめ株式会社が定めた額と最低責任限度額とのいずれか高い額を限度とする旨の契約を社外取締役等と締結することができる旨を定款で定めることができる。
会社法第427条
免除される金額は、原則として責任を負う役員の年間報酬の一定年数分(最低責任限度額)を指し引いた残りの金額です。
各役員の一定年数
- 代表取締役:6年分
- 取締役・執行役:4年分
- 社外取締役・監査役・会計参与・会計監査人:2年分
たとえば、役員報酬1,000万円の代表取締役の場合、1億円の損害賠償義務を負ったとすると、最低責任限度額は6,000万円となります。
・1,000万円×6年=6,000万円
したがって免除可能限度額は4,000万円ということになります。
・1億円-6,000万円=4,000万円
あとは株主総会で、4,000万円以内の金額で責任を免除する旨の特別決議を得ることができれば、決議された金額が免除できます。
ただし免除される条件として、
「役員等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がない場合において」
という前提があることに注意が必要です(利益相反取引による責任やその他の法定責任は一部免除の対象外とされています)。
まとめ
この記事では、役員が負う「善管注意義務」について解説してきました。
役員は、雇用契約の従業員とは立場が異なり、大きな責任を負うことになります。
もちろん、経営に参画でき、やり甲斐の面でも従業員と違いますが、どんな責任を負っているかは、しっかり認識しておきたいところです。
できれば、責任に見合う報酬もいただきたいところですが…。
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