この記事で紹介するのは、会社の業績不振が理由で、社長の「前期」の役員報酬を減額したのですが、それはすでに「支払いが確定済み」の債権のため、前期に遡って給与所得を減額することは「認められない」とされた事例です。
何のことやらよくわからないと思いますが、あらましはこうです。
社長の会社は、平成8年7月期に会社の業績が悪化して、多額の累積欠損を抱える事態になりました。
これを受け社長は、同年9月に取締役会を開き、月額82万円受取っていた自身の役員報酬を50万に減額することを決めました。
その際、「前期」平成7年8月~平成7年12月の5か月分、合計160万円(減額分32万円×5か月)を減額することにしました。
つまり、「前期」984万円(82万円×12ヵ月)で確定した給与収入を、160万円(32万円×5か月)引いた824万円で再計算させろ、というわけです。
しかし、「そんな会計処理は認められない」と、税務署からも国税不服審判所からも、異議を認められませんでした。
・業績不振が理由で減額した役員報酬を「認められない」とされた事例
減額分を否認されたポイント
この事例の否認ポイントは
- 給与所得の金額は、役員報酬の支給日においてすでに確定していて、たとえ過去に受取った役員報酬を返還したとしても、確定したことに影響するものでない
ということです。
わかったようでわからない感じですが、社長はすでに受取った役員報酬を減額することで前期の給与所得の総額を下げようとしたのですが、給与は支払いを受けた日に金額が確定されることになり、それを取締役会で減額されることが決まったからといって、遡って支給された額を変更することできないということです。
社長の最適な役員報酬の決め方を知りたい人は、下記リンク先記事をご覧ください↓
業績不振が理由で減額した役員報酬を「認められない」とされた事例
社長の主張
社長は、次の主張をして、税務署の処分を取り下げるべきとしました。
- 取締役会で決めた減額決議は、多額の累積欠損金を抱えた会社の再建を目的として、取締役全員の合意に基づいて行ったもの。
- 会社は、平成8年9月に開催した定時株主総会において財務諸表の承認を得ている。
このように自身の正当性を訴えました。
関係法令
その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。
所得税法36条第1項
所得税法36条第1項には、
「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、その年において収入すべき金額」
とされています。
この規定によれば、その年に受取っとものは、その年の内にということになります。
では、給与はどうなるかというと、
- 契約または慣習により支給日が定められている給与等についてはその支給日
- その日が定められていないものについてはその支給を受けた日
ということになります。
以上を踏まえて、事実関係を見ていきましょう。
事実関係
社長が、前期の役員報酬の一部を減額した経緯と事実関係については以下の通りです。
- 会社は、平成8年7月期において、社長に対して月額82万円(総額984万円)の役員報酬を毎月支給していた
- 役員報酬の支給日は、毎月20日だった。
- 株主総会と取締役会は平成8年9月に同日に行われていた。
- 株主総会において、平成8年7月期に係る貸借対照表、損益計算書及び利益処分案の承認可決をしていた。
- 取締役会で、会社の業績が悪化したこと、累積欠損金が多額であることが議題に上り、その解決策の一つとして人件費削減案が提案された。
- そして、平成8年7月~平成7年8月分までさかのぼって、月額82万円から50万円に減額することが決定された。
国税不服審判所の判断
給与所得は、その年に受取ったものは、その年の収入にするのが原則です。
その収入とすべき時期は、契約などで決められた「給与の支給日」か、支給日が定められてないときは「受取った日」というのは先に述べた通りです。
そこで、この事例をその規定に当てはめてみると、
- 役員報酬の支払い日は、毎月20日と定められていた。
- これは、契約または慣習により定められた支給日が、毎月20日であるということ。
以上のことから、国税不服審判所は、
「請求人(以下、社長)の平成7年分の給与所得は984万円と認められる」
としました。
しかしながら社長には
「本件減額決議は多額の累積欠損金を抱えた会社の再建を目的として、取締役全員の合意に基づいて行ったもので、かつ、会社は株主総会において株主総会の承認を得ている」
という反論がありました。
この点について審判所長は
「たしかに減額の決定は、会社の再建を目的としたもの」
としながらも
「しかし、株主総会と取締役会を開催した日は、いずれも平成8年度7月期の事業年度終了の日以後であり、請求人が役員報酬として現実に金銭を受領した後であったことは明らか」
とし、
「そうすると、平成7年分の給与所得の収入金額は、収入すべき時期である役員報酬の支給日においてすでに確定していたと認められる」
「したがって、株主総会と取締役会の決議が、請求人の給与所得の収入金額に何ら影響を及ぼすものではないと解するのが相当」
と、社長の主張を認めませんでした。
つまり、いったん支給した役員報酬は、受取った時点で給与額が確定し、それを後になって減額しても、そんな処理は認められませんよ、ということです。
役員報酬減額分の債務免除益が発生
ちなみに役員報酬を減額処理したことで、税務署からは、社長から会社への無償の贈与とされました。
これについて国税不服審判所は、
「請求人は、減額分に相当する貸付金を会社に債務免除したとみるの相当」
として、結局、法人に余計な利益を発生させることになってしまったのです。
いらんことせん方が良かったと、きっと後悔したことでしょう。
まとめ
すでに受取った前期の役員報酬を、後で減額するということはほぼないと思いますが、そんな方法で給与所得を少なくしようとしているなら、それは通用しないと思った方がいいでしょう。
期の途中で減額することはありますが、受取った役員報酬はその金額で所得が確定することになります。
期の途中で役員報酬を下げるとときに読む記事はこちら↓
アクロバティックな役員報酬の処理の仕方は、認めてもらえないと考えた方が無難です。
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