この記事で紹介するのは、眼科医の妻が営むコンタクトレンズ販売事業(以下、コンタクトレンズ事業)の収益が、その夫である眼科医の収益になるのかどうかで争われた事例です。
眼科医院の院長である夫(以下、院長)は、妻のコンタクトレンズ事業分を除いて申告しましたが、国税から「妻の事業は眼科医院の収益に帰属する」と否認されました。
その処分を不服として、国税不服審判所で争われました。
結論からいうと、コンタクトレンズ事業は院長の収益に帰属するとして、納税者の主張は退けられました。
事業を分割する際、どのような点を国税が問題にするか、この事例から学ぶことができます。
・妻のコンタクトレンズ販売事業が夫の事業(眼科医院)の収益とされた事例
妻のコンタクトレンズ事業の収益ではなく、夫(眼科医)の事業の収益とされた事例
基礎事実
眼科を営む院長は、もともとコンタクトレンズの販売やコンタクトレンズの装着指導は自らが行っていました。
その後、夫が経営する眼科医院と同じ所在地で、コンタクトレンズ販売事業を妻名義ではじめました。
そして、眼科医院の所得は院長名義(夫)、コンタクトレンズ販売事業は妻名義で申告するようになりました。
妻は、夫の経営する眼科医院の「青色事業専従者」で届られています。
医師免許を取得しているのは、院長一人であり、検眼並びにコンタクトレンズの選定及び装着は院長が行っています。
コンタクトレンズの装着を希望する患者のカルテに、診察内容のほか、コンタクトレンズの装着日や種類を記載し、これに基づき処方せんを作成した上で、コンタクトレンズの仕入注文を行うのも院長です。
国税の主張
- 院長がコンタクトレンズ業務全般を行っている。
- コンタクトレンズ等の発注は、院長の判断で行っている。
- 妻は、院長の青色事業専従者として、従業員に対する給与計算や仕入代金の支払に関する事務に従事するにとどまり、コンタクトレンズ事業に関する経営を支配している状況は認められない。
- したがって、コンタクトレンズ事業の収益は、院長に帰属する。
院長の主張
- 医療法第7条並びに薬事法第26条の規定によって、コンタクトレンズの発注から納品に至る売買に関する業務を行うことができないため、妻名義でこれを行っているのであるから、本件収益は妻に帰属する。
- 医療法および薬事法の規定によりコンタクトレンズ事業を行うことができないのであり、自己の意思に基づき租税回避をしようとしたものではない。
収益が誰に帰属するかの法令解釈
所得税法第12条は、資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、実際には収益を享受せず、その名義人以外の者が収益を実際に享受するときには、その収益はその者に帰属するものとして実質所得者に対して課税する旨規定している。
そして、所得税法第12条の「収益を享受する者」とは、その収益を受けるべき正当な権利者がだれであるかを判断すべきであり、本件のような同一世帯内におけるそれぞれの事業の事業主の判定については、その経営が明確に分離されているかどうか、事業の経営方針の決定等について支配的影響力をだれが有しているか等を総合して判断するのが相当である。
法第12条《実質所得者課税の原則》関係
簡単にいうと、単なる名義人を立てて事業を行っているような場合、実質上、収益を受けている人が、その収益の帰属先になるということです。
事例のように同一世帯のケースだと、
- その経営が明確に分離されているか?
- 事業の経営方針に影響力を与えているのは誰か?
などを総合的に見て、収益が院長か妻のどちらに帰属するかを判定することになります。
眼科医院(夫)とコンタクトレンズ事業(妻)の事実関係
- コンタクトレンズ事業をはじめるにあたって保健所に届け出た書類には、本件事業に係る営業所は、夫が経営する眼科医院の事業所2階の部屋となっている
- その部屋は、通常、院長の私用または従業員の休憩用として使用されている。
- コンタクトレンズ等の実際の販売は、眼科医院の診察室の一画で行われているが、診察室と明確に区分できる間仕切り等はない。
- コンタクトレンズ事業のみに従事する従業員はいない。
- コンタクトレンズ事業に係る事務は、妻を含めた眼科医院の従業員が従事している。
- コンタクトレンズの仕入担当者とのやり取りは、発注を含め院長が行っている。
- コンタクトレンズの受注・納品日に妻が常に出勤しているわけではない。
- 患者に対するコンタクトレンズ等の販売代金の請求及び領収は、診察代金と併せて眼科医院の窓口で一括して行われている。
- コンタクトレンズ事業の売上げ、仕入れの経理処理、および預金口座は、眼科医院分と区分されている。
- しかし、水道光熱費、通信費、固定資産税等は眼科医院の必要経費として一括計上されている。
- コンタクトレンズ事業で計上されている減価償却費は、眼科医院の総面積のおおむね20%で計算されている。
- コンタクトレンズ事業の給与賃金の額は、本件事業における眼科医院の従業員の従事時間等を勘案し概算で計算している。
- 院長の代理人は、「コンタクトレンズ等の管理業務は、院長が医師として総括的な責任を負っているが、コンタクトレンズ等の販売業務については、法的規制があるため名義は妻としている」と答述している。
国税不服審判所の判断
眼科医院の診療所とコンタクトレンズ等の販売場所とは、場所的一体性が認められる。
さらに、必要経費についても、同医院の必要経費として計上されているもの、あるいは概算で計算されているもの等があり、同医院とコンタクトレンズ事業との経営が明確に分離されているとはいえない。
コンタクトレンズ事業の形式的な名義人は妻であるが、妻は院長の青色事業専従者として、専ら同医院の事務に従事しており、それに対する相当の報酬も得ているのであるから、コンタクトレンズ事業の実質的な事業主体であるとは認定できない。
コンタクトレンズの実質的管理者は院長であることが医実関係から認められるから、コンタクトレンズ事業の経営方針の決定等について支配的影響力を有しているのは、院長であると認められる。
したがって、コンタクトレンズ事業の事業主は院長であり、本件収益は院長に帰属すると解するのが相当である。
医療法第7条と薬事法第26条の規定に抵触することについて
院長が主張していた、医療法と薬事法に抵触するから、やむを得ず妻名義でコンタクトレンズ事業をはじめたことについては、
「所得税法第12条に規定する実質所得者課税の原則は、租税回避行為への対処を目的としてのみ設けられたものではない。
課税の公平、適正を期するため、その基礎となる所得の帰属について表見的な他の法律上の形式又は効果にかかわらず、実質的な経済効果に着目し、その効果を現実に享受する者を税法上の所得の帰属者として課税しようとするものである。
このことからすれば、他の法律上無効又は取り消し得べき行為であっても、その行為に伴って経済効果が発生している場合には、その効果を現実に享受する者について課税することは何ら妨げられないと解すべきである。
よって、本件事業について医療法及び薬事法の規制があるからといって、本件収益が請求人に帰属するとの判断に何ら影響を及ぼすものではない」
としました。
要するに、医療法や薬事法に抵触するからといって、それは言い訳にならんよということです。
他の法律に抵触するから、事業を分けざるを得なかったという場合は注意が必要です。
抵触するならするで、事業を誰の目から見てもわかるように、きっちり線引きしなくてはいけません。
はっきり「分ける」ことが否認リスク対策
この事例のポイントは
- 経営が明確に分離されているか?
- 事業の経営方針に影響力を与えているのは誰か?
でした。
名義上は分割できていても、眼科医院とコンタクトレンズ事業の分離があやふやで、しかも実態は院長が事業を運営していたことが判明し、コンタクトレンズ事業の収益は院長(夫)の収益とされてしまいました。
しかしこのようなケースは、多いのではないでしょうか?
たとえば個人事業主やフリーランスが、自宅を仕事場として事業を行う場合です。
きちんと公私を分けてないと、否認される怖れが出てきます。
それ以外にも、眼科医院のように、事業を分割して行う場合もそうです。
事業を分けるなら、経費の支払いは別管理、事業も名義人以外が主体となって動いてはいけないということです。
まとめ
事業を分割するときは、経費の支払いや運営方法など、きちんとした線引きが必要です。
法人ならまだしも、個人事業の分割ならなおさらです。
また、その事業の代表者(確定申告の名義人)に親族を置くなら、その人に完全に任すことをしないと、事実関係から否認を招く要素となります。
この事例からは、国税がどういった点を見て「事業が分割されているか?」を判定しているかわかりますので、とても参考になるはずです。
重要なのは、明確に「分ける」ことです。
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