2019年7月より、遺留分の取り扱いが改正されました。
これまでは「遺留分減殺請求権」だったものが、「遺留分侵害額請求権」となりました。
詳しくは下記記事をご覧になっていただきたいのですが、本題はそこではありません。
遺留分減殺請求権から遺留分侵害額請求権に変わった最大のポイントは、遺留分を金銭で清算することが可能になったことです。
しかし中には金銭で支払えないというケースも出てきます。
そんなときやむなく相続した土地で遺留分の支払いを行った場合、実は譲渡所得税が発生してしまうのです。
遺留分の土地を引き渡して、なおかつ譲渡所得税まで支払わなくてはいけなくなるという事態が起こります。
遺留分対策への生命保険の必要性がこれまで以上に高まっています。
遺留分とは
遺留分とは、相続人に法律上保障された一定の割合の相続財産のこといいます。
お亡くなりになった人(被相続人といいます)の財産は、生前にどう処分しようと、誰に遺言で渡そうとも自由です。
その一方では、相続には遺された相続人となるご家族の生活保障や、被相続人の財産形成に貢献した相続人への清算的側面もあります。
たとえば、被相続人が愛人に「財産を全部渡す」と遺言を残して亡くなった場合でも、妻が財産形成に役立った事実もあるでしょう。
その事実を無視して愛人に全部渡してしまうのはいくら何でも酷いんじゃない?ということで、被相続人の利益と相続人の保護のバランスをとったのが遺留分なのです。
「遺留分減殺請求権」から「遺留分侵害額請求権」へ
遺留分とは、上記でご説明した通り、相続人に与えられた権利のことですが、2019年6月までは、遺留分減殺請求権といい、
「遺留分を侵害された人が、贈与や遺贈を受けた人に対し、遺留分侵害の限度で贈与や遺贈された財産の返還を請求できる権利」
とされていました。
つまり、遺留分権利者が「遺留分を返して」と請求すると、請求された人は、遺贈や贈与で取得した財産の「遺留分に相当する分の財産」を返還しなければなりませんでした。
これを「遺留分減殺請求権」と呼んでいました。
たとえば、次の事例で考えてみましょう。
- 被相続人:父
- 相続人:長男、次男
- 相続財産:不動産(相続税評価額1億円。所得価額不明)
- 相続税額:770万円
被相続人である父は、長男に相続財産の不動産(相続税評価額1億円)をすべて相続させると遺言して亡くなりました。
相続人の長男は、遺言に従って相続財産を引き継ぎ、相続税も770万円納めました。
しかしその後、次男は遺留分2500万円(相続財産の1/4)を長男に請求しました。
相続のもめ事をなくす「遺留分侵害額請求権」
このとき旧法下の遺留分減殺請求権では、遺贈や贈与で取得した財産の遺留分に相当する分の財産を返還しなければなりませんでした。
つまり上記の例の場合、遺贈で取得した1億円の不動産から、遺留分2500万円分を返還する必要があったのです。
ただ土地を返すのは良いとしても、その結果、遺留分で返還した土地が共有名義に状態になるということが起こってしまいます。
共有名義になると、土地を売ろうにも使用目的を変えようにも、共有名義者の承諾が必要になり、さらなるもめ事の原因になっていました。
そこで、このようなもめ事をなるべくなくすために、法改正が行われたのです。
それが、「遺留分侵害額請求権」です。
「遺留分侵害額請求権」が発動されると
遺留分減殺請求権と遺留分侵害額請求権の違いは、「金銭による返還」です。
遺留分減殺請求権では、基本、遺贈や贈与で受取った財産で遺留分を返還しなくてはいけませんでした。
それが遺留分侵害額請求権では、お金で清算するようになったのです。
先述した例の場合、遺留分に相当するお金2500万円を次男に支払って終わりにすることができるのです。
つまり、次男は遺留分の請求により相続財産の4分の1を相続したことになります。
したがって、相続税192万5千円(770万円×1/4)を納付することになります。
長男は遺留分を清算することで、相続財産の4分の3しか相続していないことになります。
その結果、払いすぎた相続税192万5千円を税務署から返してもらえます。
遺留分で所得税が発生する!
しかし問題が一つあります。
請求された遺留分をお金で用意できないケースです。
お金で返還できない場合、当事者の合意があれば、不動産などの現物で遺留分を清算することもできます。
このように遺留分を現物で清算したとき、実は「所得税・住民税」が発生してしまうのです。
代物弁済
借金などの本来は現金で支払うべき債務を「現金」に換えて「物」で返すことを民法上「代物弁済(だいぶつべんさい)」といいます。
遺留分をお金でなく現物で返還するのも、この代物弁済にあたります。
このこと自体は当事者の合意があれば民法上認められていて、「それと税金とどう関係があるんだ?」という話ですが、実は関係大ありなのです。
代物弁済があった場合、税務上では「弁済の時点で一旦譲渡(売却)があったものとして課税する」と取り扱われます。
分かりにくい話ですが、代物弁済は「物で債務を帳消しにした=物を債務と同じ価格で売買した」とみなされるのです。
この記事のケースでは、2500万円分の土地を、遺留分権利者である次男に代物弁済することで、長男は遺留分という債務を帳消しにします。
それは、長男が土地を2500万円で次男に売却し、長男は2500万円分(2500万円の借金の帳消し)の所得を得たというのが、税務上の考え方なのです。
そのため、不動産など現物で遺留分を清算した場合、長男に「所得税・住民税」が発生してしまうのです。
・遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて土地を移転した場合の課税関係
長男の譲渡所得税
- 課税所得金額:2500万円-(2500万円×5%)=2375万円
- 譲渡所得税:2375万円×20%=475万円
※(2500万円×5%)は概算取得費。取得費が不明の場合5%で計算
※譲渡所得税は不動産の所有期間が5年を超えるかそれ以下で税率が異なります。5年を超える長期譲渡所得の場合、所得税15%、住民税5%。5年以下の短期の場合、所得税が30%、住民税が9%。これとは別に復興特別税が掛かります。
次男にも税金
そして受取った方(事例でいうと次男)にも、不動産取得税(固定資産税評価額の3~4%)や登録免許税(2%)が発生します。
普通に相続していれば、不動産取得税は非課税、登録免許税は0.4%で済むのに、とんだ出費というものです。
遺留分対策をしてないと残されたご家族が泣くことに
遺留分は2019年の法改正で、遺留分侵害額請求権となり、金銭で清算できるようになりました。
しかしそのことで、お金が用意できず不動産などの現物で清算した場合、別の税金が発生するようになってしまいました。
遺言で相続した相続人は、遺留分を支払ったうえで、なおかつ所得税・住民税を支払わなくてはいけなくなり、遺留分を受取った方も、不動産取得税・登録免許税を余分に課せられてしまうのです。
だからこそ、遺留分対策はこれまで以上に慎重に行わなくてはいけないのです。
遺留分対策
遺留分で譲渡所得税を支払わずに済むには、次のような対策があります。
生前贈与
遺留分の生前対策の一番の方法は、相続人と交渉をして遺留分を放棄してもらうことです。
そのための交換条件として生前贈与を行います。
生前の相続放棄はできませんが、遺留分の生前放棄はできます。
遺留分の生前放棄が行われると、代襲相続が起こった場合でも、代襲相続人に遺留分は認められなくなります。
ただし、遺留分の生前放棄を行うためには相続人と交渉を行わなくてはいけません。
たとえば遺留分を放棄する見返りに、一定の財産を生前贈与することを交換条件としたりします。
遺留分の放棄は家庭裁判所で申し立てを行います。
遺留分に関する民法の特例を活用
経営承継円滑化法において、遺留分による事業承継の問題を解決するため、後継者が現経営者から贈与等により取得した自社株について民法の遺留分制度の特例を受けられます。
この特例を活用すると、現経営者から後継者に贈与された自社株を、遺留分算定基礎財産から除外または、遺留分算定基礎財産に算入する価額を合意時の時価に固定することが可能となります。
ただし、この特例を利用するには、後継者を含めた現経営者の推定相続人全員の合意が条件となりますので注意しましょう。※その他の要件も満たさす必要があります。
除外合意のメリット
除外合意をすると、後継者が現オーナーから贈与によって取得した自社株について、他の相続人は遺留分の主張ができなくなります。
その結果、相続によって自社株が分散するのを防止できます。
固定合意のメリット
固定合意をすると、自社株の価額が上昇しても遺留分の額に影響しなくなります。
そのため後継者は、相続時に想定外の遺留分の主張を受けることがなくなり、事前に決まった額の遺留分対策を行えます。
生命保険の活用
遺留分対策として一番活用できるのは生命保険です。
生前の遺留分放棄と交換条件の贈与も、民法の特例の活用も、遺留分権利者や相続人に合意を取らなくてはいけないという、ハードルがあります。
相続人と仲が良ければ承諾を得られるかもしれませんが、そうでない場合、このハードルは高いものになります。
しかし生命保険の場合は、遺留分対策として想定しておいた金額を生前に用意しておけば、被相続人の死亡と共にその金額が振り込まれます。
遺留分侵害額請求権自体、金銭での清算を目的としておりますので、ぴったりの方法ともいえます。
生命保険が遺留分対策にぴったりな理由
1.受取人の固有の財産となる
生命保険の死亡保険金受取人に指定されると、受取った死亡保険金は「指定された人」が本来から持つ、固有の財産とみなされます。
受取人の固有の財産となると、元々自分が持っていた財産と同じ扱いになりますので、その死亡保険金は「遺産分割協議の対象外」となります。
そのため、遺留分を算定する相続財産に、受け取った死亡保険金は含まれず、遺留分自体低く抑えることができます。
さらに、受取人固有の財産ですので、遺産協議にかけることなく、自分の意志で遺留分を支払うことができますので、円滑な相続への助けとなります。
2.決まった額を準備できる
生命保険の良いところは、契約した時点で「決まった金額」を準備できることです。
仮に契約したときに死亡保険金3000万円、保険期間終身の保険を選べば、いつお亡くなりになっても3000万円のお金を用意することができます。
不動産や株式では、値下がりしていることも考えられます。
しかし生命保険は決まった金額を準備できるので、ある程度の遺留分を想定できれば、生前の段階でお金を用意できたと同じです。
この点でいって生命保険は遺留分対策として適しています。
「現金だって同じだろう」という反論があるかもしれませんが、そこにも現金より優れたメリットが生命保険にはあります。
3.「短期間」で「現金より多く」のお金を準備できる
先述した通り、生命保険は契約した時点で、保険期間中であればいつお亡くなりになっても、契約時に約束したお金が入ってきます。
よく保険営業マンが「貯金は三角、保険は四角」といって保険のメリットを説明しますが、現金で用意する場合は、一定の金額まで貯めるには時間がかかります。
それまでに相続が起こってしまえば、遺留分対策も中途半端で終わってしまいます。
その一方、保険は加入した瞬間から契約したお金が入ることが約束されます。
保険期間中であれば、瞬時に遺留分に必要なお金を受取れるのです。

しかも通常は、支払った保険料より、受取る死亡保険金の方が多くなります。
一般的に相続を考える年齢は高くなります。
失礼ながら、若いころと比べて、現金で貯められる時間は少ないのです。
だからこそ、保険で用意するメリットが大きいといえます。
4.一時所得になることで手残りのお金が多くなる場合がある
生命保険は契約後でも、死亡保険金受取人を変更できますし、保険契約自体を買い取ることもできます。
これが何を意味するかといえば、契約者や受取人が変わることで、課税区分も変えることができるのです。
「だから何だ?」という話ですが、課税区分が変われば、一時所得という課税価額を半分にしてもらえる区分にすることもできるのです。
つまり、同じ死亡保険金を受取るのでも、相続税で課税されるより、一時所得で課税された方が、税金が安く済むかもしれないということです。
こんなにおいしいスキームが組めるのも保険ならではの方法なのです。
※ただし、一時所得はその年の所得によって、最終的な所得税率が変わります。そのため、所得が高い人の場合、相続税で課税された方が税金は安くなる場合もありますので、シミュレーションしてみることをおすすめいたします。
5.節税になる
生命保険料の原資となる現預金がない場合には、借り入れをして生命保険に加入することで、その借入金が遺産を圧縮する効果もあり、相続税の節税にもつながります。
遺留分を生命保険で清算するときの注意点
遺留分対策に何かとメリットのある生命保険ですが、一点だけ注意点があります。
生命保険の死亡保険金は、遺留分を請求される相続人にしておく必要があることです。
たとえば、長男と次男といて、次男が遺留分侵害額請求権を長男に請求すると予想されるような場合、だったらはじめから次男を死亡保険金の受取人にしておけば良いのではないか?と思われるかもしれませんがさにあらず。
次男に直接死亡保険金が渡っても、次男の遺留分侵害額請求権は消滅しないのです。
まかり間違えば、死亡保険金も受取って、なおかつ長男に遺留分を請求するということも起きてしまいかねないのです。
このケースで遺留分を消滅させるには、長男が死亡保険金を受け取って、それを次男へと支払うことではじめて遺留分が消えるのです(もちろん次男が実際に遺留分侵害額請求権を発動させたときです)。
生命保険で遺留分対策するときは、死亡保険金の受取人に注意しましょう。
まとめ
法改正で、遺留分をお金で支払うのではなく、不動産などの現物で清算すると譲渡所得税が発生してしまします。
金銭での清算で遺留分の処理がしやすくなったとはいえ、逆にお金を用意してないと、余計にお金がかかる事態が発生してしまいます。
ですから、今まで以上に、遺留分対策が重要になります。
そんなとき、生命保険を活用すると、遺留分対策をしやすいといえます。
後々ご家族が揉めたり泣かないように、生前にしっかり遺留分対策をしておきましょう。
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