民法の相続法改正に伴い遺留分が金銭で請求できるようになりました。
これにより遺留分に備えて相続財産の一部をお金で用意する必要が出てきました。
たとえば相続財産が、不動産、事業資産など、お金でない場合、これらの相続財産を受け継いだ人が遺留分を請求されると、資金調達に困ることになり、争族の原因となる可能性があります。
これでは事業承継に支障が生じます。
そのため、遺留分侵害請求権に備えた、生命保険の加入を検討しなくてはいけません。
法改正による遺留分の2つのポイント
2019年7月1日施行で、民法の相続法が改正され、これまで「遺留分減殺請求権」と呼ばれていたものが、「遺留分侵害額請求権」と変わりました。
これにより
- 遺留分を侵害された者は、遺贈や贈与を受けた者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の請求をすることができるようになる。
- 遺贈や贈与を受けた者が金銭を直ちに準備することができない場合には、裁判所に対し、支払期限の猶予を求めることができる。
となります。
要するに、これまでは物自体の返還の権利を原則としていた遺留分侵害額請求権が、金銭での返還を求める権利になったのです。
何のこっちゃ意味がよくわからないと思いますので、まず遺留分について解説していきます。
遺留分とは
遺留分とは、一定の範囲の法定相続人に認められる、最低限の遺産取得分のことをいいます。
これをかみ砕いていいますと、基本的に相続財産はお亡くなりになった人(被相続人)の権限で自由に処分できます。
しかし被相続人の持っている財産の中には、ご家族(相続人)の協力によって得られたものもあるでしょう。
ならば、最低限の財産はご家族に残すべきですし、ご家族もそれを請求する権利がありますよ、という話です。
これを遺留分といいます。
(遺留分の帰属及びその割合)
第千二十八条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一引用元:民法第1028条
遺留分侵害請求権とは
遺産を相続の基本は、法定相続人が法定相続分に従って遺産を受け継ぎます。
しかし遺言や贈与がある場合はどうでしょう。
一部の相続人に受け継ぐ財産が偏り、法定相続人であっても十分な遺産を受け取れなくなることがあります。
たとえば、被相続人となる父親に愛人がいたとします。
その愛人に入れ込んだ父親が、すべての財産を愛人に遺贈していましったらどうでしょう。
この父親の配偶者や子供には、財産を相続する権利がありますが、これではもらえなくなってしまいます。
そこで遺留分の認められる相続人は、遺言などによって遺留分を侵害されたとき、侵害者に対して遺留分侵害額請求権を行使し、侵害された遺留分を取り戻すことができるのです。
これが遺留分侵害請求権です。
遺留分侵害額請求権の3つのポイント
遺留分侵害請求権をまとめると次のようになります。
- 一定の範囲の相続人に認められる権利
- 遺言や贈与で上記相続人が持つ遺留分という権利を侵害されたときに行使できる
- 遺留分を侵害されたら、侵害額に相当するお金を請求できる
ただし、遺留分侵害額請求権は、侵害者に「金銭的な補償」を求める権利です。
遺産や贈与された財産そのものを取り戻すものではありませんので、「遺産を返してほしい」と主張することは不可能です。
というのも、2019年6月までの相続では、「遺産を返してもらう権利」の「遺留分減殺請求権」が認められていたのですが、法改正でそれはできなくなったのです。
「遺留分の相続分」「法定相続分」の違い
相続財産の割合を考えるときには「遺留分の相続分」「法定相続分」の2つが出てきます。
どちらも民法で決められた相続する財産の割合のことです。
この2つの違いは何になるでしょう?
遺留分の相続分
遺留分の相続分は、遺言があった場合に自分の権利分を侵害されたときに主張できる権利割合です。
要は遺言がなければ、遺留分は発生しません。
法定相続分
法定相続分は、法律で定められた相続文の基本的な分割の目安です。
遺言が無い場合に利用します。
相続財産は、相続人の間で話し合いをして解決すれば、どの割合で分割してもかまいません。
しかし揉めてまとまらない場合は、法定相続分を基準として分割をします。
遺留分の権利がある人
遺留分が認められる相続人には範囲があります。
相続人なら誰でもなれるわけではありません。
遺留分侵害請求権のある相続人は次の通りです。
1.配偶者
配偶者(夫・妻)は遺留分はありますが、現在婚姻している法律婚の夫婦に限られます。
したがって事実婚や愛人関係、離婚した前夫・前妻には遺留分は認められません。
2.子ども・孫・ひ孫
直系卑属と呼ばれる子ども・孫・ひ孫には遺留分が認められています。
孫やひ孫に遺留分が認められるケースは、子どもが親より先に死亡していて孫が代襲相続人になる場合と、子どもも孫も親より先に死亡していてひ孫が代襲相続人になる場合です。
3・両親・祖父母・曾祖父母
直系尊属の親・祖父母・曾祖父母にも遺留分は認められています。
祖父母・曾祖父母に遺留分が認められるのは、親が子どもより先に死亡していて祖父母、さらには曾祖父母などの直系尊属が相続人になる場合です。
遺留分が認められない人
遺留分が認められない人もいます。
1.兄弟姉妹
被相続人の兄弟姉妹には遺留分は認められていません。
2.相続欠格になった人
相続するために殺人や脅迫などの犯罪を犯した人は遺産を相続する権利を失います。
遺産を不正に手に入れるために問題行動を起こした人が相続人の権利を失うことを「相続欠格」といいます。
具体的には
- 相続人が被相続人や同順位以上の相続人を殺害して有罪となった
- 相続人が被相続人の殺害を知っても刑事告訴しなかった
- 相続人が被相続人に無理矢理遺言を書かせた、または訂正させた
- 相続人が遺言を隠した、または処分した
相続欠格になった人には遺留分が認められていません。
3.相続排除になった人
被相続人を虐待したり屈辱を与えたりした人がいた場合、被相続人の意思でその人の相続権を失わせることができます。
被相続人の意思で相続人の権利を失わせることを「相続排除」といいます。
ただし、排除に当たる理由があったとしても、それだけで相続排除できるわけではありません。
相続人自身が、特定の相続人を廃除する意思をもって、家庭裁判所に推定相続人廃除の申立をしなくてはいけないのです。
このとき、廃除の理由があることも証明しなければなりません。※排除は後から取り消すことも可能です。
相続排除になった人には遺留分が認められなくなります。
4.相続放棄をした人
相続放棄とは遺産を相続する権利を自ら放棄することです。
相続放棄をした人には遺留分が認められていません。
5.包括受遺者
包括遺贈とは、「遺産の何分の1(ないし全部)を甲に与える」というように、 遺産の全部またはその分数的割合を指定するにとどまり、 目的物を特定しないでする遺贈のことをいいます。
包括受遺者には遺留分が認められていません。
6.遺留分を放棄した人
遺留分を放棄した人は遺留分の権利を失くします。
遺留分の放棄とは、相続全体を放棄するのではなく、遺留分のみを放棄することになります。
もし遺留分を放棄しても相続権自体はあるので、自分に相続分があれば、遺産分割協議に参加して遺産を取得することができます。
遺留分の割合
遺留分の割合は、原則、遺産の2分の1です。
この2分の1を、下記の各相続人の遺留分割合にそって分割します。
※父母のみが相続人の場合は3分の1になります。
- 配偶者:1/2
- 子ども(孫・ひ孫):1/2
- 父母(祖父母):1/3
相続人が配偶者のみ

・配偶者の遺留分:被相続人の財産×1/2
財産が5000万円なら2500万円が遺留分になります。
相続人が配偶者と子(長男・長女)が二人の場合の遺留分

- 配偶者:(被相続人の財産)×1/2×1/2=1/4
- 長男:(被相続人の財産)×1/2×1/2×1/2=1/8
- 長女:(被相続人の財産)×1/2×1/2×1/2=1/8
子が3人の場合の遺留分

- 長男:(被相続人の財産)×1/2×1/2×1/3=1/12
- 長女:(被相続人の財産)×1/2×1/2×1/3=1/12
- 次男:(被相続人の財産)×1/2×1/2×1/3=1/12
配偶者と被相続人の直系卑属(父母)が相続する場合の遺留分

- 妻:(被相続人の財産)×1/3
- 父(母):(被相続人の財産)×1/3×1/2×1/2
配偶者と兄弟姉妹が相続する場合の遺留分

妻には遺留分が認められていますが、兄弟姉妹には遺留分が認められていませんので、遺留分はありません。
相続人が直系卑属のみの場合

- 父(母)だけが単独で相続する場合の遺留分:(被相続人の財産)×1/3
- 両親1人あたりの遺留分:(被相続人の財産)×1/3×1/2
遺留分侵害となる行為
遺留分侵害額請求の対象となるのは以下の行為です。
- 遺贈
- 相続分の指定
- 死因贈与
- 生前贈与(①相続開始前1年間の贈与、②相続開始1年以上前の贈与で遺留分権者に損害を与えることを知って行った贈与、③生計の資本等として行った相続人に対する贈与=特別受益) ※特別受益の持戻しの免除も同様
- 信託の設定
- 不相当な対価による有償行為(売買であっても対価が一般の相場と比べて不相当に低いケースなどでは、取引の当事者が「遺留分権利者に損害を加える」と認識していた場合に遺留分請求の対象となります。)
特別受益稀とは
相続人が被相続人から生前贈与を受けると「特別受益」となります。
特別受益は、基本的にすべて遺留分侵害額請求の対象となります。
2019年7月1日以降の相続では「死亡前の10年間に行われた生前贈与」が特別受益となり、それ以前に行われた生前贈与は遺留分侵害になりません。
2019年6月30日以前に起こった相続のケースでは10年の期間限定がなく、たとえば死亡から20年前の生前贈与であっても特別受益に該当する限りは遺留分侵害になります。
遺留分侵害額請求権の時効期間
遺留分侵害額請求権の時効期間は、「相続開始と遺留分を侵害する遺言・贈与を知ってから1年間」となります。
たとえば、被相続人が死亡して、不公平な遺言書の存在を知って、その後1年以内に「遺留分侵害額請求」をしないと権利が時効消滅してしまいます。
1年を過ぎてから請求しても遺留分侵害額を払ってもらえなくなるのです。
なお、権利の保全が1年間の期間であって、遺留分を取り戻すのは1年を超えていてもかまいません。
相手方が遺留分侵害額請求に応じない場合の対処法
遺留分を侵害している相手が遺留分侵害額請求に応じないケースも考えられます。
そのようなときは、どのようにして返還をさせればよいのでしょう?
家庭裁判所で調停の申し立て
遺留分について話し合いで解決できない場合には、家庭裁判所で遺留分侵害額請求についての調停を申し立てます。
調停を申し立てると、2名の「調停委員」が遺留分請求者と侵害者との間に入り、話し合いを仲介してくれます。
調停で合意ができれば調停が成立します。
そして家庭裁判所で「調停調書」が作成され、その後、相手から約束通り遺留分の返還されます。
訴訟を提起する
調停で話し合いをしても合意ができず不成立になってしまったら、訴訟(裁判)によって解決するしかなくなります。
遺留分侵害額請求権になったメリット
遺留分侵害額請求権になった大きなメリットは、遺留分を取り返しやすくなったことです。
これまでは、遺留分権利者が減殺請求すると、請求された人は、遺贈や贈与で取得した財産の遺留分に相当する分の財産を返還しなければなりませんでした。
たとえば減殺対象の財産に現金と不動産があった場合、遺留分権利者の方から、現金での返還を指定したり、不動産での返還を指定することはできません。
つまり、贈与や遺贈を受けた財産そのものを返還するという「現物返還」が原則であり、金銭での支払いは例外という位置づけでした。
それが法改正で、金銭請求に一本化されたということです。
これにより遺留分返還のために、遺贈された人と遺留分権利者が不動産などを共有することがなくなります。
共有状態では、物件を活用する際に共有者と、その都度合意が必要です。
それが面倒で共有状態を解消しようにも、あらためて共有物分割請求を行わなくてはいけません。
これは大変な手間です。
それが金銭での支払いで済んでしまうので、手間や面倒なく遺留分を清算できるようになるのです。
遺留分侵害額請求権のデメリット
相続人によっては、お金でなく遺贈された財産で取り戻したい方もいらっしゃるでしょう。
しかし遺留分侵害額請求権はお金しか請求できないので、遺産を取り戻すことはできません。
遺留分侵害額請求権で事業承継がスムーズに
遺留分侵害額請求権は事業承継にも密接に関係しています。
これまでの「遺留分減殺請求権」の場合、「遺産そのもの」を取り戻す権利だったので、事業承継のために後継者に贈与や遺贈で渡した株式も対象になっていました。
たとえ親族でも、株が経営者以外の人に渡ってしまえば、経営に口出しされることになり、とてもやりにくい状況が生まれます(とくに敵対する人なら)。
しかし遺留分侵害額請求権に法改正されたことで、株を渡さなくてもお金で支払えば清算されますので、株の分散によるリスクを低減することが可能になりました。
遺留分対策として生命保険への加入が必須
遺留分がお金で解決できるようになったということは、裏を返せばお金がなければ、以前と同じように返還で揉めてしまうことになります。
遺留分対策が必要と想定される人は、生命保険に加入し、遺留分に備えておかなくてはいけません。
とくに、事業資産や不動産が財産のメインで、現金が少ない経営者の方の場合、必須といえるでしょう。
上記にも書きましたが、何も対策をしなければ困るのは後継者です。
それが原因で会社の経営が傾いてもおかしくはないのです。
有利な生命保険の加入の仕方を選ぶ
生命保険は、契約形態によって課税区分が異なってきます。
相続税が対象なのか一時所得課税が対象なのかで、手元に残るお金は変わります。
しっかりシミュレーションして、相続人にとって有利な保険に加入しておきましょう。
死亡保険金の受取り人を間違うと遺留分対策にならない
ただし生命保険による遺留分対策で注意しなくてはいけないことがあります。
それは「遺留分請求者を保険受取人にしてはいけない」ということです。
仮に相続人が長男と次男の二人だけで、会社を長男に承継させる場合において、次男に遺留分が発生するとします。
このようなケースで次男に遺留分が発生するなら、最初から死亡保険金受取人を次男(遺留分侵害額請求権利者)にしておけば良いのでは?と思われるかもしれません。
しかし、死亡保険金は民法上の相続財産ではありませんので、遺留分割合や遺留分侵害額請求権の「対象にならない」のです。
もし次男に死亡保険金を直接渡しても(保険金受取人を次男にしても)、遺留分侵害額請求権はそのまま残ることになります。
遺留分侵害額請求権は、長男から次男へ金銭債務を支払うことで、はじめて消滅するのです。
逆にいえば、次男が死亡保険金を受け取ったうえで、さらに長男に遺留分侵害額請求をすることができるということです。
これでは遺留分対策にはなりません。
ですから、死亡保険金の受取人を誰にするか(この場合は長男)を考えておかなくてはいけないのです。
遺留分をお金で支払えないときは
遺留分侵害額請求は金銭の請求で行われます。
では侵害額分の金銭が準備できない場合にはどうすればよいのでしょう。
被相続人の財産が不動産や売却困難な事業用資産などの場合には、金銭を支払いたくても払えないケースが出てきます。
その様な場合に備えて、改正民法1047条5項では、期限の許与の請求を裁判所にできることにしています。
期限の許与とは、裁判所が相当と考えた期間について期限を延ばしてもらうことです。
しかしお金がないからといって、話し合いに応じないでいたり、裁判を無視していたりすると、贈与や遺贈された財産を差し押さえられ、競売によって換金させられてしまいます。
お金がなくても無視するはやめましょう。
話し合いでの解決が基本です。
ただそれ以前に、やはり遺留分対策として、被相続人となる人が生命保険への加入を検討した方がいいでしょう。
まとめ
法改正で「遺留分減殺請求権」から「遺留分侵害額請求権」となりました。
これにより、金銭で遺留分を清算することができるようになります。
お金で清算できるということは、無駄に揉めない相続ができるということです。
しかし逆にお金を用意できていなければ、法改正の利点を活かせず、相続人同士でも揉めてしまうことになります。
それだけに、生命保険を上手に活用する必要があります。
社長の場合、相続財産に現金が少なく、事業資産や自宅不動産が主というケースが多いので、事業承継を円滑に行うには、生命保険の活用は必須といえます。
遺留分侵害額請求権を理解して、揉めない相続対策に役立てましょう。
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