相続には「相続放棄」という方法があります。
これはお亡くなりになった人(被相続人)が持つ、借金などのマイナス財産が、持ち家や貯金などのプラスの財産より多い場合に、プラスの相続を全部放棄する代わりに、マイナスの財産もチャラになるというものです。
しかし、ここで盲点が一つあります。
たしかに財産は放棄できても、「財産を管理する義務」からは逃れることはできないのです。
相続を放棄するときは、その後の義務のことまで考えておく必要があります。
相続の放棄とは?
被相続人(お亡くなりになった人)に借金があった場合や、被相続人とは疎遠で知らない人の財産を取得したくない場合に、相続人(お亡くなりになった人の財産を相続できる権利を持つ人)は相続を放棄をすることを選択できます。
これを相続の放棄といいます(そのまんまですが)。
相続の放棄をすると、被相続人の財産について相続の権利の一切を放棄することになりますので、預貯金や不動産などのプラスの財産だけでなく、負債などのマイナスの財産も、すべて相続人が承継することはありません。
相続放棄ができる期間
相続放棄は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所への申述が必要です(民法915条)。
「自己のために相続の開始があったことを切ったとき」とは、「死亡を知ったとき」ではなく、「相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべき(最判昭和59年4月27日)」というのが現在の主流とのことです。
しかし、相続人には相続財産に対する管理義務があり、この管理義務は相続を放棄しても直ちに消滅するわけではないのです。
相続を放棄しても管理義務は残る
相続財産を放棄しても、その相続財産から発生する問題について完全に責任を免れるわけではありません。
民法には、「相続を放棄した財産でも、自分の財産におけるのと同一の注意をもって相続財産の管理を継続しなければならない」と定めてあるため、相続を放棄したからといって直ちに管理義務まで消滅するわけではないのです。
民法940条
相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
民法第940条
相続財産を管理する人がいなくなれば、家屋などが倒壊して事故が発生した場合に、その責任と取る人がいなくなってしまうため、相続人に管理義務を定めているというわけです。
「処分」をすると相続放棄できなくなる
管理義務は、財産の保存・利用・改良を目的とする行為までをいいます。
それを超えた、相続財産である家屋の登記名義を変更や土地を売却したりすと、「処分」行為になります。
これは管理義務の「管理」にはなりません。
むしろ越権となる「処分」行為をすることで、相続を単純承認(プラスの財産も-財産もすべて引き継ぐ)したとして、相続放棄をできなくなるので、注意が必要です。
相続放棄の管理義務の順位
相続人の管理義務は、上記民法904条をご覧になってわかるように、「次の相続人が相続財産の管理をはじめられるまで」続くことになります。
たとえば相続人には相続順位があり、子→父母→兄弟姉妹となります(配偶者に順位はなく、子・父母・兄弟姉妹、いずれの組み合わせでも、相続人になります)。
異なる順位の人が同時に相続人になることはありませんので、子が相続した場合は、父母は相続人になることはできません(このケースでは子と配偶者が相続人)。
しかし子が相続を放棄すると、相続人の地位は次の父母に移ります(このケースでは父母と配偶者が相続人)。
その結果、子の相続財産の管理義務は、父母が相続財産の管理をはじめるまで続くというわけです。
管理義務を免れるためには?
では、最終的に誰も相続しない場合、この管理義務はどうなるでしょう?
それは、相続放棄をした人(元相続人)に代わって相続財産を管理することになる人が実際に管理を始められるまで、最後に相続放棄をした元相続人にずっと課されることになります。
ただし、「相続財産管理人の選任の申し立て」を家庭裁判所にすることで、管理せ義務を免れることができます。
具体的には、相続財産管理人の選任申立を行い、家庭裁判で相続財産管理人が選任され、相続財産管理人が相続財産の管理を開始した時に、相続放棄者の管理義務は消滅します。
相続財産管理人は、相続財産の管理や清算をする人で、相続人がいるかいないか明らかではない場合や、すべての相続人が相続する権利を放棄して相続人がいなくなった場合等に任命されます。
相続財産管理人は、業務として管理・清算を行いますので、経費以外に報酬も必要になります。
この報酬や経費は、相続財産の中から支払われますが、「予納金」という名目で裁判所に納付しなければなりません。
申立をした人が一括で支払うことになります。
予納金は50万円~100万円の間で決まります。
相続を放棄しても問題になるのは「空き家」
上記が相続放棄から管理義務の消滅までの流れですが、管理義務が問題になるのは、相続財産に古い空き家がある場合です。
古い空き家の場合、財産的価値がなく売るに売れなかったり、取り壊そうにも取り壊し費用が高くついてしまうこともあります。
売却可能な土地であれば、家屋を取り壊しても費用を賄えますが、そもそも売れる不動産であればよほど負債が大きくなければ相続で放棄しないわけで、売れないからこその悩みの種です。
たとえば売れないからとそのまま放っておいたらどうなるでしょう?
「空き家法(空家等対策の推進に関する特別措置法)」によれば、「特定空き家等」に指定されると、その状況を改善するよう、市町村から助言、指導、勧告、命令をされます。
その助言、指導、勧告、命令等を無視していると、次は市町村によって行政代執行され、その費用を管理者に請求することになるのです。
この空き家の撤去費用等は、相続を放棄した人でも、法的に管理責任があるため法律上は逃れることはできません。
もちろん、「特定空き家等」に指定されなくても、建物の解体や修繕等は当然の義務として行わなければならず、それらの費用は相続放棄者の負担となります。
さらに、(空き家法に関係なく)空き家の倒壊などが原因で第三者に損害を与えた場合、損害賠償責任を負うことすらあります。
相続を放棄した後も、不動産が売るなどの処分ができなければ、元相続人を金銭的・精神的に負担になり続けることは間違いないのです。
このような事態を避けるためには、費用がかかっても「相続財産管理人をの選任の申し立て」を家庭裁判所にすることも方法として考えましょう。
※特定空き家とは、倒壊の危険性があったり、ゴミ屋敷状態であったり等して、近隣住民に危険・迷惑を及ぼしているような建物のことです。
今後の不動産は「流動性」がポイント
以上のように、相続を放棄したからといって簡単に問題が片付くわけでないことはご理解いただけたでしょう。
そうであるなら、今後、持ち家や投資用不動産を購入する場合は、「流動性」が大事になります。
流動性とは売却しやすさのことです。
投資用不動産ならなおさらですが、自宅でも売却しにくい不動産を購入すると、配偶者やお子様などの相続人が後々困ることになります。
相続を放棄しないまでも、何らかの事情で売りたいときに売れず、相続を放棄しようにも民法にある管理義務のお陰で、処分するまで管理費がずっと掛かることになります。
たとえ団体信用生命保険で住宅ローンの完済はできても、管理費用がかかる不動産なら、引き継いでもうれしくないのが本音でしょう。
これからの不動産は、自宅購入も含め「売りやすさ」もポイントになります。
固定資産税はどうなる?
余談ですが、相続を放棄した不動産の固定資産税はどうなるでしょう?
相続放棄をすれば絶対的に相続人ではなくなるので、故人の借金はもちろん滞納していた税金や固定資産税などについても払う必要はありません。
ただし、1月1日に不動産の所有者として市役所の固定資産税課税台帳に、名前が登録されている場合は、相続を放棄しても固定資産税を支払わなくてはいけなくなります。
たとえば被相続人のAさんが2020年の11月1日に死亡して、その相続人となるBさん(Bさんしか相続人がいない)が相続を放棄した場合、原則として相続放棄を理由に固定資産税は支払う必要はありません。
しかし、1月1日時点で固定資産税課税台帳にBさんが登録されてしまった場合は、残念ながら相続を放棄していても、Bさんは固定資産税を支払う義務を負うことになります。
「台帳課税主義」といって、地方税法で定められているからです。
とはいえ、一旦固定資産税を支払う必要があるのですが、真の所有者がいる場合はその真の所有者に対し、Bさんは求償(立て替えた分を支払ってねということ)することができます。
まとめ
マイナス財産がある場合、相続を放棄すればそれで終わりのように思えますが、実は終わりでなく、管理義務を次の人が引き継ぐまで負うことになります。
相続の放棄も、実は簡単な問題ではないのです。
相続の放棄の前にしっかり考えましょう。
とはいえ、相続の放棄は3か月以内という制限がありますので、早めに専門家に相談して決断することをおすすめいたします。
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