人の寿命が伸びると共に、認知症というリスクも大きくなりました。
経営者が何も対策をしないで認知症になってしまった場合、その影響はかなり深刻です。
銀行口座の凍結など、事業継続に支障が出るのはもちろんのこと、相続や事業承継にも悪影響を及ぼします。
中小企業経営者だからこそ、早め早めの認知症対策が必要です。
認知症発症で銀行口座が凍結される
認知症になると、その本人の持つ銀行口座が「凍結される」可能性があることをご存知でしょうか?
口座名義人がお亡くなりになった場合、口座が凍結されることをご存知な方は多いと思いますが、それは認知症になったケースでも同じなのです。
口座からお金を引き出したくても引き出せない事態が起こってしまうのです。
認知症で本人の口座が凍結されるのは、詐欺や横領などの犯罪、口座の不正使用から資産を守るために行われます。
仮に本人が正常な判断をできるのであれば、代理人に暗証番号とキャッシュカードを預ければATMからお金を出すことはできます。
金融機関の窓口でも、口座の持主である本人が委任状を作成し、代理人が通帳と印鑑を持参すれば預金を引き出せます。
しかし、口座の持主が認知症になってしまえば話は別です。
本人の認知症の度合いと、金融機関の判断によっても違いますが、口座の持主が正常な判断をできないことを理由に、実の子どもからの依頼でも、口座を凍結してしまうこともあるのです。
認知症発症後の口座凍結解除法
親が認知症になって口座が凍結されてしまった場合、これを解除するには「成年後見制度」があります。
※認知症になった後に後見人を指定する場合は「法廷後見制度」で、一般的に浸透しているのはこちらの制度。
成年後見制度とは、家庭裁判所に申し立てを行い、家庭裁判所が選んだ後見人が財産を管理する制度です。
本人の判断能力の程度に応じ、後見と保佐と補助の3つに分かれた制度を使うことができます。
成年後見制度を使うためには、家庭裁判所へ申立てが必要になります。
その後、家庭裁判所の調査官による調査、審理、成年後見人等の選任・審判、そして審判が確定すると法定後見の開始となります。
制度の利用開始までには、3~4カ月かかります。
後見人は家族でもなれない?!
後見人はご家族でもなることができますが、適任であるかどうかは家庭裁判所が判断するため、ご家族であっても必ず後見人になれるわけではありません。
後見人制度の発足当時はほとんどのケースでご家族がなることができました。
しかし、被後見人(認知症になった本人)に判断力がないことをいいことに、財産を使い込むケースが多発しました。
そのため、家庭裁判所としては本人の財産を守る必要があり、厳しい審査で後見人を選ぶようになったのです。
その結果、弁護士、司法書士、社会福祉士などの職業後見人が選ばれるようになりました(もちろん、職業後継人が財産を着服するケースもありますので、問題がクリアになったわけではありません。
ただし、家庭裁判所が後見人を付けたからといって、問題が解決するわけではありません。
むしろ「硬直性」という意味では、不便を来すことがあるのです。
成年後見制度のデメリット
成年後見制度の目的は「被後見人の財産を目減りさせることなく、財産を維持すること」にあります。
しかしこの制度の趣旨が硬直性を生み出します。
たとえば子や孫に贈与する場合、正常な判断ができるときは問題なく贈与を行えます。
ですが被後見人が認知症になってしまうと、贈与をすることはできなくなります。
成年後見制度の趣旨が「被後見人の財産を目減りさせることなく、財産を維持すること」である以上、被後見人の財産を動かすことは、たとえ子や孫に対する贈与であっても趣旨に反するということなのです。
<成年後見制度でえできること・できないこと>
- 贈与:できない
- 株式投資:できない
- 不動産購入:できない
- 不動産売却:自宅の売却は裁判所の許可が必要
これは非常に怖いことで、認知症になってしまったら、相続税や事業承継対策を行えないことを意味します。
相続税対策は、今ご存命の本人のためのものではなく、ご本人がお亡くなりになった後、残された相続人のためのもので、成年後見制度とはまったく法律の立ち位置が異なるのです。
したがって、成年後見制度を利用すれば、万事上手くいくというものではありません。
むしろ、介護費用を家族が立替えておかなくてはいけないことがある、裁判所とのやり取りで精神的ストレスを抱える、といった問題が発生してしまうのです。
認知症になれば一般的な相続でも大変なことがわかりますが、これに事業承継が絡んでくると、簡単に進められなくなりますし、相続税という観点からも節税できる手は限られてくるでしょう。
認知症になる前の対策が重要です。
使い勝手の良い家族信託
認知症になった場合、口座凍結を解除するためには成年後見制度を利用する必要があります。
しかし意外に使い勝手の悪いという側面もあります。
そんな成年後見制度に代わる仕組みが「家族信託」です。
家族信託とは、「自分で自分の財産管理をできなくなってしまった時に備えて、家族に自分の財産の管理や処分をできる権限を与えておく方法」のことをいいます。
・家族信託ってなに?手続きから費用まで徹底解説
家族信託は財産管理のための報酬が発生しない家族間での利用が想定されているという特徴があるため、経済的負担も少ないといえます(ただし毎月の費用はかからない代わりに、初期費用が高額となります)。
家族信託のメリットとは?
家族信託のメリットは、財産管理を一つの財布で行うのではなく、別々の財布に分けて管理を行えるとことです。
たとえば、3000万円の財産のうち、半分の1500万円を本人の名義のままで、残り半分の1500万円を家族信託で管理することができます。
そうすると、本人が認知症になった場合でも、家族信託で管理することになっている1500万円については、成年後見制度のように使い方を制限されることもありませんし、口座が凍結してお金を引き出せないという状況を回避できます。※
信託契約では、財産の管理を任せる「受託者」と財産の処分や運用で生じた利益を受け取る「受益者」が同一人物である場合、財産の移転が生じているとはみなされないため、贈与税は発生しません(ただし固定資産税については受託者に課税されます)。
成年後見制度の趣旨はあくまで財産の維持にあります。
そのため、相続対策や生前贈与などの利用はむずかしくなります。
しかし家族信託の場合は、信託した財産について契約に基づいた利用も自由が認められているため、使い勝手が良いといえます。
ただし、「認知症になってしまった後」では、家族信託の契約を結べなくなるので注意しましょう。
判断能力が低下した人について、あらゆる契約が無効になってしまうのです。
信託口座で管理
家族信託で管理する財産については、受託者(財産管理をする方人)は、自己の固有の財産と信託財産を分別して管理しなければならないと定められています。(信託法第34条)
分別管理の方法は必ずしも銀行口座で管理しなければいけないという決まりはありませんが、お金の流れを明確に出来るように、信託専用の口座を作り、お金の管理することが大事です。
これを信託口座と呼びます。
ただ信託口座自体、どこの金融機関でも作れるかといえばそんなことはなく、対応してくれる金融機関も限られているのが現状です(今後は増えるかもしれません)。
したがって家族信託で管理する口座といっても、信託口座を作れる金融機関で管理する場合と、受託者個人の口座で管理する場合では、以後の対応が変わってきますので注意が必要です。
<受託者の個人口座で財産管理する場合>
- 受託者個人の債務(借金など)についての預金口座への差し押さえが入ってしまう。
第三者には信託財産を管理するための口座であることはわからない - 倒産隔離機能がない
- 受託者が先に亡くなってしまった場合には、通常の相続と同様、口座が凍結してしまう
などのリスクがあることは重々理解しておきましょう。
・8つのステップで親の財産を管理する!家族信託の口座開設手段とは
中小企業の経営者はご家族や会社を守るためにも早めの認知症対策を
中小企業の経営者が認知症になってしまったら、銀行口座は凍結され事業に支障を来します。
さらに、相続対策や贈与も行えなくなります。
もし事業承継を控えていたら、円滑な事業承継はできないのはもちろんのこと、節税対策も行えないので、後継者は多額の納税に苦しむことになるでしょう。
<社長が認知症になったときの事業承継の問題点>
- 他の財産と同じく持ち株も凍結し、議決権が行使できなくなる。株の所有数によっては会社は機能不全に陥る
- 会社の株価を引き下げられない
- 贈与や譲渡もできない
- 何もしないまま亡くなると大半の株式は配偶者が相続することになり、同様の問題が起こる可能性がある
いかがですか?
人の寿命が長くなったのは喜ばしいことですが、認知症発症というリスクも同時に引き起こされました。
60歳、70歳、80歳と年齢を重ねるごとに、認知症発症リスクは高まります。
そして、認知症が発症してしまえば、相続も事業承継もただならぬ困難が伴います。
自分は大丈夫ではなく、早め早めの対策が必要です。
まとめ
中小企業経営者が認知症になるリスクは、とんでもなく大きいことはご理解いただけたかと思います。
認知症になってしまってからでは、対処できる手立ては少なく、後悔先立たずとなってしまいます。
経営者の認知症で口座が凍結されてしまうなどのトラブルが続出すれば、認知症が発端となって、最悪会社が倒産することも考えられます。
認知症がどこで発症するか(発症しないケースもありますが)は誰にもわからないことです。
それだけに早いうちから認知症対策を行うことが大事です。
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