在職老齢年金の支給調整の対象外になるめに、社長の報酬を下げ、下げた分を妻に役員報酬として支払っている場合は注意が必要です。
社長が万が一お亡くなりになった場合、奥様は「遺族厚生年金を受け取れない」可能性が出てくるからです。
奥様が遺族年金を受け取れないと
- 社長死亡後の奥様の生活資金が少なくなり、奥様の生活を守れない
- 夫婦トータルで考えると、受取る年金の額が少なくなる
ということが起こります。
年金は社長自身の老後だけでなく、残されたご家族にも影響してくるお金です。
一時的な損得だけでスキームを考えるのではなく、全体のメリット・デメリットを考えて行いましょう。
在職老齢年金とは
在職老齢年金とは、老齢年金を受け取りながら働いていると、基準額を超えた部分の年金が一部停止されるという制度です。
- 60歳~65歳未満の場合、28万円超(年金の基本月額と総報酬月額相当額の合計額)
- 65歳以上の場合、47万円超(年金の基本月額と総報酬月額相当額の合計額)
※上限金額は年度によってかわります。
※総報酬月額相当額には役員賞与が含まれます。
このため、在職老齢年金の上限規制に引っかからないように、役員報酬を引き下げて調整するというわけです。
夫婦で年収を維持する社長の年金復活プラン
しかし役員報酬を下げれば、年間の収入まで下がってしまいます。
年金は満額受給できても、年収が下がってしまっては意味はありません。
できることなら、社長としての報酬は下げずに、年金を満額受給したい、そう考えるのが人情です。
そこで、役員報酬を下げた分を、どこかで帳尻を合わそうとするわけですが、そこで奥様を役員にして、あるいは役員の奥様の役員報酬を増額します。
たとえば、
- 社長:月額の役員報酬100万円⇒20万円
- 奥様:月額の役員報酬20万円⇒100万円
とすれば、社長の役員報酬は減っても、夫婦でのトータルの収入は変わらないことになります。
この場合、
- 社長の奥様が年金受給年齢を迎えてない
- 奥様が年金受給年齢を迎えていても、奥様の役員報酬が低い
という条件は付きますが、奥様も年金の支給調整を受けることなく、増額した役員報酬を受け取ることができます。
ただし、役員報酬を増額した場合、その額が適正かどうかという、税務上の問題が出てきます。
安易な増額は新たなリスクを発生させますので、注意が必要です。
奥様が遺族厚生年金を受取れるための2つの条件
上記の方法は、社長の報酬は下がっても、夫婦のトータルの年収は下がりません。
しかし年金には、社長がお亡くなりになったとき、「遺族」に対して年金が支払われる制度があります。
厚生年金から遺族に支払われる年金を、遺族厚生年金と呼びますが、遺族厚生年金には受給条件があり、奥様の年収によっては、受給条件を満たせないことがあるのです。
残された遺族が遺族厚生年金をもらうための条件は、遺族年金の受給権者(ここでは奥様)の収入・所得(一時的なものを除いた額)が、原則として次のいずれかの条件を満たしている必要があります。
- 前年の「収入」が年額850万円未満(前年の収入が確定してないときは、前々年の収入)
- 前年の「所得」が年額655万5千円未満(前年の収入が確定してないときは、前々年の収入)
収入とは、会社員などの給与所得者の場合には、給与から税金や社会保険料などが天引きされる前の「支払い総額」のことです。
自営業などの事業所得者の場合には、「収入」とは、必要経費を差し引く前の「売上の総額」になります。
「所得」とは、会社員などの給与所得者の場合には、給与の支払い総額である「収入」から給与所得控除を差し引いた金額のことです。
所得は、いわゆる手取り額のことではありませんので、混同しないようにしましょう。
つまり、奥様の役員報酬を上げすぎると、遺族厚生年金の受給条件に当てはまらなくなり、万が一社長がお亡くなりになった場合、その後の遺族厚生年金を受け取れなくなってしまうのです。
安易な年金復活プランが奥様の生活に大打撃を与える
遺族厚生年金は、遺族(奥様)の生活を支えるお金になります。
そのお金が無くなってしまえば、老後の生活に大打撃を与えます。
ご家族のことを大事に思うのなら、今年金を満額受給できればいい、と考えるのでなく、遺族年金にも影響があることを配慮し、トータルでどうなるかまで考えておかななくてはいけません。
60代ならまだまだお若いですが、大丈夫だと思っていても、人の死はいつやって来るかわからないものです。
ですから、年金復活のために、安易に奥様の役員報酬を上げてしまうのは危険なのです。
奥様の役員報酬を上げる場合は、遺族年金の生計維持要件を満たしているかも考えておきましょう。
後から役員報酬を下げても意味なし
ちなみに、社長が死亡後に役員報酬を下げても、遺族厚生年金を受け取ることはできません(おおむね5年以内に収入が年額850万円未満又は所得が年額655.5万円未満となると認められる場合を除きます)。
遺族厚生年金は、夫(社長)の死亡当時、夫によって「生計を維持されている」妻が受取れる権利です。
その生計維持の条件が、上記に挙げた
- 前年の「収入」が年額850万円未満(前年の収入が確定してないときは、前々年の収入)
- 前年の「所得」が年額655万5千円未満(前年の収入が確定してないときは、前々年の収入)
となります。
したがって、夫(社長)の死亡当時、生計維持要件を満たしていなかった奥様の収入が後になって下がっても、遺族厚生年金を受給できないのです。
遺族厚生年金を受給できるかどうかは、夫(社長)がお亡くなりになったときの条件だけで判定されるのです。
老後資金、2550万円の喪失
では遺族厚生年金を受取れなかった場合の損失がどれだけあるか、簡単に計算してみます。
遺族厚生年金は、亡くなった人がもらうはずだった老齢厚生年金の4分の3もらえます。※老齢基礎年金は含まない。
たとえば、老齢厚生年金(報酬比例部分)が200万円だった人の遺族厚生年金は150万円です
・200万円×3/4=150万円
仮に社長がお亡くなりになったとき、奥様が70歳で、女性の平均寿命の87歳まで生きたとすれば、その損失額は2550万円になります。
・150万円×(87歳-70歳)=2550万円
社長が自身の年金を満額受け取りたいために、奥様の役員報酬を遺族厚生年金の生計維持条件を満たせない額まで上げてしまうと、受取れる年金は「0円」となってしまうのです。
老後資金が2550万円飛ぶとなると、これはかなりの大打撃です。
よくよく考えて年金の満額受給を考えたいところです。
まとめ
安易な考えで行う年金復活プランは、そのほかの面で悪影響を及ぼします。
社長の退職金しかり、奥様の遺族厚生年金しかりです。
年金は、自身が受け取るお金だけでなく、障害や死亡といったことにも関係してきます。
今の損得だけでなく、全体から俯瞰して、ほかに悪影響を及ぼさないようきちんと設計を行いましょう。
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