社長が年金満額受給のために役員報酬を下げて退職金で受け取るリスクを解説

社長の年金

現在の年金制度では、社長の収入が一定以上あると年金の一部または全部が支給調整されます。

対象となるのは

  1. 60歳~65歳未満で、総報酬月額(賞与を含む)と老齢厚生年金を足した額が28万円以上
  2. 65歳以上で、総報酬月額(賞与を含む)と老齢厚生年金を足した額が47万円以上

の方です。※上限の金額はその年度によって変動する

この制度を在職老齢年金と呼びます。

この上限規制の対策として有効なのは、社長の役員報酬を下げる、役員報酬の受取り方を変える、などの方法が有効です。

たとえば、役員報酬を下げる代わりに、その下げた金額を積み立てて後々退職金で受け取る、といった方法を採ることも可能ですが、そこにもリスクがあることを知っておかなくてはいけません。

役員報酬を下げて退職金でガッポリもらう

在職老齢年金とは、60歳以上の老齢厚生年金を受給できる人で、一定以上の給与収入があると、年金の支給調整をされてしまう制度です。

その上限は先述した通りです。

在職中の年金

社長の場合、60歳を超えたからといって簡単に会社を勇退するわけにもいかず、年金を受給できる年齢になっても、満額受取ることができないというケースが出てきます。

せっかく高い保険料を納めてきたのに、いざもらえる段になると、支給調整されてしまうとは、何ともせつない話です。

そこで在職老齢年金の上限規制に引っかかることなく、何とか年金を満額受給したいと考えるわけですが、そのための有効な方法の一つに、「年収を下げる」ことが挙げられます。

年収を下げれば、基準となる総報酬月額が下がり、在職老齢年金の上限に引っかかることなく、年金を満額受給することができます。

給与から引き下げた分の金額は、役員報酬で受け取るのでなく、後々、会社の勇退時に退職金として受け取ります。

退職金は、役員報酬・賞与に当たりませんので、年金の支給停止の対象になりません(社会保険の対象にもなりません)。

ただし、退職金で受け取るまでの間は、年収が下がってしまうというデメリットがあります。

そのため、今は年収は下がってもいいが、後からまとめてもらえばいい、という場合に使える方法です。

役員報酬を低く設定してしまうと

しかしこの方法、役員報酬を低くしたまま会社を退職してしまうと、「退職金を会社の損金に計上できる金額が小さくなってしまう」というリスクをもたらします。

退職金を会社の損金にできる金額には上限があります。

無制限に退職金の損金計上を認めてしまうと、いくらでも税逃れを行うことができてしまうため、税法上で決められているのです。

その退職金の上限金額を求める計算式は、一般的に次の功績倍率法になります。

・最終報酬月額×在職年数×功績倍率(+功績加算)

※代表取締役の場合、功績倍率は3.0。功績倍率は功績加算を含め3.0というのが国税の考え方です。

この計算式で求めた金額を超す退職金を支給したからといって、即否認されるわけではありませんが、目安となる基準ですので、知っておく必要があります。

功績倍率法で損金できる金額を大きくするためには、「最終報酬月額」が大きくなくてはいけません(この最終報酬月額は、裁判所の判例によると、1か月に支給された役員報酬額になります。役員賞与を含めた総報酬を12で割った金額ではありませんので注意しましょう)。

したがって、役員報酬額を極端に低く設定していると、損金に計上できる金額も必然的に小さくなってしまうのです。

役員報酬を上げること自体が否認を誘発する

「それなら退職の年度だけ役員報酬を上げればよいのでは?」と思われるかもしれませんが、退職年度だけ役員報酬を高く設定するという行為自体が、税務調査では税逃れと疑われる行為になります。

役員報酬が適正額がどうかは、

  1. 役員の職務
  2. 会社の業績
  3. 従業員との報酬の差
  4. 同業他社の役員報酬との比較

という4つの基準で総合的に判断されますので、退職年度だけ役員報酬が高くなっていても、それを合理的に証明できれば、否認されても最終的には問題ないわけです。

しかし、「退職年度だけ突然役員報酬が高くなっている」こと自体が税逃れと疑われる行為で、調査官の目を厳しくしてしまい、結果として否認される可能性が高くなってしまいます。

そのため、退職金対策として役員報酬を上げる場合は、「なるべく目立たない」ように、年数をかけて役員報酬を上げていく必要があるのです(税務調査が5年を遡ることを考えれば、5年はかけたいところです)。

したがって、在職老齢年金のために、役員報酬を下げれば、たしかに年金を満額受給できるかもしれませんが、そのまま進めてしまえば、退職時に「否認される」というリスクを抱えてしまうのです。

社長の退職金は金額が大きくなります(事業承継が絡めばなおさら大きくしなくてはいけません)。

仮に否認されれば、適正でない部分の

  • 退職金
  • 役員報酬

に課税されてしまいます(延滞税もかかります)。

退職金は金額が大きいだけに、否認されたときのペナルティも大きくなるのです(金額が大きいから税務調査も厳しくみられるという側面があります。調査官にはノルマがあることをお忘れなく)。

年金を満額受給できたとしても、退職金で否認されれば、元も子もないどころか、マイナスになる可能性すらあります。

社長は年金だけで考えるのではなく、トータルで施策を考える必要があります。

退職金はいくら支給しても「個人」は問題なし

ちなみに、損金計上は法人側の話です。

社長個人側では、退職金をいくら受取っても税優遇を受けることはできます。

会社の損金の額と混同しないようにしましょう。

在職老齢年金は廃止の方向

ここまで在職老齢年金のことについてお話ししましたが、その在職老齢年金は2020年の年金改革により、廃止の方向性が打ち出されています。

つまり、社長が現役でいる限り、年金は支給ストップされる可能性が高いのです。

そうなると、現在の社会保険料(その中の厚生年金保険料)が払い損になることも十分考えられます。

高い保険料を徴収されるのに、肝心の年金は、社長が現役でいる限り受け取れない。

これまでは、役員報酬を下げる、事前確定届け出給与を使うといった年金復活プランが有効でしたが、それさえも使えなくなります。

現在の社会保険料が、将来受け取る金額に見合うものかどうか、真剣に考える時期にきています。

まとめ

在職老齢年金の上限規制に引っかからないためには、社長の役員報酬を下げ、下げた分をあとで退職金として受け取る、という方法を採ることができます。

しかしそのまま低い役員報酬でいると、税務調査で退職金の「否認」のリスクを負うことになります。

退職時期が見えてきたら、退職金否認のリスクを避けるために、役員報酬額を高目に設定しておくべきです(役員報酬を上げたことが目立たないよう長い年月をかけて)。

ただし在職老齢年金は廃止の方向が打ち出されていますので、いずれこのような調整方法も必要なくなります。

会社を経営している社長の場合、一つの施策がほかに大きく影響してくることがあるので、部分部分でなく、全体の最適解を求めるようにしましょう。

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