金庫株を活用することで、会社に自社株を買取ってもらうことができます。
その狙いは
- 株の分散を防止し後継者に経営権を集中させること
- 後継者の納税資金を作ること
の2つです。
この記事では、事業承継時における金庫株の活用の仕方について解説していきます。
金庫株とは
金庫株とは発行会社自らが取得する株式のことをいいます。
この金庫株は無期限、かつ数量に制限なく保有できるため、いったん取得した自社株をずっと金庫にしまっておけるイメージから、金庫株と呼ばれるようになりました。
以前は取得・保有に制限があったのですが、平成13年の商法改正により、取得・保有が原則自由になりました。
非上場の会社では、株主整理や相続税納税資金準備資金のために、金庫株による自株式取得が行われています。
金庫株のメリット
- 相続税を払えない事業承継相続人などから会社が自己株式を買い取ることによって、会社のお金を相続人に移転することができ、相続税の納税資金に充てることができる
- 分散した株式を会社が買い取ることができる。
- 株式分散対策が後継者の経営権確保になる。
- 自己株式を相続時に活用すれば、税制上優遇され、「譲渡所得課税」となり税率が20%となる。
金庫株のデメリット
- 会社が自社株を取得するためには、資金が必要になる。
- 買取り額によっては、会社の資金繰りに支障を来たす可能性がある
- 買取り額には制限があり、いくらでも買えるわけではない
- 純資産が300万円以下のときは、金庫株の買取はできない
メリットとデメリットを踏まえて、金庫株を実施するかどうか判断する必要があります。
自己株式(金庫株)の取得の手続き
不特定多数の株主のからの取得の場合
金庫株の取得は、会社法で決められた手続きで、不特定の株主(すべての株主)から譲渡の申し込みを受けることができます。
しかしそのためには、次の3つのステップを踏まなくてはいけません。
- 株主総会の普通決議
- 取締役会の決議
- 株主への通知
1・株主総会の普通決議
金庫株の取得をすべての株主に行うには、株主総会の決議で
- 取得する株式の数
- 株式を取得するのと引き換えに交付する金銭等の内容及び総額
- 株式を取得できる期間(1年以内に限る)
を決めなくてはいけません。
なお、株主総会は定時・臨時を問いません。
2・取締役会の決議
会社が株主総会の決議に従い、株式を取得しようとする場合には、その都度次のことを取締役会で決めなくてはいけません。
- 取得する株式の数
- 株式1株を取得するのと引き換えに、交付する金銭等の内容及び額、またこれらの算定法
- 株式を取得するのと引き換えに交付する金銭等の総額
- 株式の譲渡しの申し込み期限日
取締役会が非設置のときは取締役の決定となります。
3・株主への通知
会社は株主に対し、取締役会で決まった事項を通知しなくてはいけません。
通知を受けた株主の中で希望者は、会社に対し譲渡しの申し込みをします。
注意点
株主からの申し込みが、予定していた取得総数を超えるときは、各株主で按分して取得することになります。
また、株主として除外したい相手が買取りに応じてくれないと意味がないので、事前の交渉が必要になります。
特定の株主からの取得
金庫株は、特定の株主に対してだけ譲渡の申し込みの通知をすることができます。
このとき同時に、他の株主に対して「売主追加請求権」を行使できることを通知しなくてはいけません。
特定の株主からのみ自己株式を取得しようとする場合には、特定の株主のみに出資金の回収チャンスを与えることとなり、「株主平等の原則」に違反するおそれがあるためです。
他の株主にも平等な権利を行使してもらうために、売主追加請求権の通知を行わなくてはいけないのです。
特定の株主から自社株を取得するときの手続きは以下の通りです。
1・株主に対する自己株式取得の通知
特定の株主から自社株を買取る場合は、他の株主に対して売主追加請求権を行使することを通知します。
2・他の株主の売主追加請求権の行使
ほかの株主は、自分も特定の株主に含めたものを株主総会の議案とするよう、株主総会の3日前までに請求することができます。
3・株主総会の普通決議
他の株主から売主追加請求権の行使があった場合は、売主に加えて決議します。
決議内容は不特定株主から買取る場合と同様です。
4・取締役会の決議
不特定の株主から取得する場合と同じ内容を決議します。
5・特定の株主への通知
会社は株主に対し、取締役会の決議の内容を通知します。
通知を受けた株主は、会社に対し譲渡しの申し込みをします。
相続人からの取得
特定の株主からの取得の場合も、取得金額の上限を超える場合は、買取り対象となる株主の持株数に応じて按分されます。
したがって、相続人が株式を相続で取得したとき、売主追加請求権があるがため、売って納税資金を作りたくても売れない(予定希望額で)ということが起こり得ます。
このため会社法が改正され、発行する株式に譲渡制限の付いている会社について、相続など一般承継に限り他の株主の売主追加請求権は排除されました。
ただし、次の場合は対象外です。
- 株式会社が公開会社である場合
- 当該相続人その他の一般承継者が株主総会において議決権を行使した場合(議決権を行使した時点で株主になることを選択したとみなされます)
中小企業の多くは非公開会社(すべての株式に譲渡制限を付けている会社)です。
そのため、相続人が相続後に議決権を行使したことがなければ、売主追加請求権を排除して、自社株の買取を行うことができます。
これにより、自社株を相続で取得した相続人は、納税資金を作りやすくなりました。
特定の株主からの取得に関する定款の定め
会社は定款で、売主追加請求権を適用しないことを定めることができます。
この定款があることで、相続人等からの取得に限らず、特定の株主のみから自己株式を取得することができます。
ただし、株式の発行後に定款を変更して、あらたな定款を定めるときは、当該株式を保有する人の全員の同意が必要になります。
よって、すでに株式が分散しているときは、この規定を入れることはむずかしくなります。
金庫株での事業承継対策
事業承継対策の基本
相続人等に対する売渡請求の定款規定を入れることで、株主になってほしくない人を排除することができます。
事業承継対策の基本は、後継者のために株式の所有関係を整理しておき、後継者へ自社株を集中させることです。
株式が分散すれば、余計な人に経営に口を出される危険性が増します。
ですから金庫株買い取りの前に、オーナーが健全なうちに自己株式を会社で買い取ることによって、後継者に将来の揉め事を残さないようにしておく対策が重要です。
親類や知人だけでなく、古株の従業員に持たせている自社株があれば、これもきちんと整理しておきましょう。
株式が分散していくことが、事業承継では大きなリスクとなります。
そのうえで、金庫株を活用しましょう。
相続人等に対する売渡請求
相続その他一般承継で、会社の株式(譲渡制限株式に限る)を取得した人に対して、当該会社の株式を売り渡すことを請求できます。
売渡請求を規定に入れておけば、株式の分散防止や、株主になってほしくない人を排除できます。
売渡請求の手続き
会社が、譲渡制限株式の相続人・一般承継人に対して「売渡し請求」をする場合は、その都度、「株主総会の決議」によって(特別決議)以下の事項を定めなければなりません。
- 売渡し請求する株式の数(株式の種類、種類ごとの数)
- 請求対象となる者の氏名、名称
ただし、「請求対象となる者」は、当該株主総会において議決権を行使することができません。
この株主総会の決議によって、請求対象者に対して売渡し「請求」をすることができます。
留意点
会社が相続・一般承継があったことを「知った日から1年」を経過したときは、売渡し請求をすることはできません。
この請求は、請求する「株式の数」(「株式の種類」「種類ごとの数」)を明らかにしてしなければいけません。
会社は、いつでも、この請求を「撤回」することができます。
売渡請求で相続クーデターも?!
売渡請求を定款に規定することで、株式の分散を防止することができる反面、この規定のあるお陰で、クーデターを起こされるリスクがあります。
たとえば次のようなケースを考えてみましょう。
- 現経営者Aの株式保有割合が60%。
- 後継者の唯一の相続人の取締役Bの保有割合が10%
- 取締役Cの保有割合が30%
このようなケースで、仮に現経営者のAがお亡くなりになった場合、株主の構成の比率が次のように変わってしまいます。
- 取締役Bの株式保有割合:25%
- 取締役Cの株式保有割合:75%
この時点で取締役Cが臨時株主総会を招集し、その総会で売渡請求を決議し、取締役Bに対して株式の売渡請求を行わればどうなるでしょうか?
取締役Bは、会社法175条にもあるように、「『請求対象となる者』は、当該株主総会において議決権を行使することができない」ので、取締役Cが、売渡請求に賛同すれば特別決議で可決されてしまいます。
こうしてクーデターは完成です。
クーデター防止策
このようなクーデターを防止するためには次のように対応が効果的です。
1・相続その他の一般承継ではなく、特定承継になるようにする。
遺言により指定して後継者に株式を取得させれば、特定承継となるため、売渡請求の対象から外れます。
ですが、株式の遺贈の場合はその代わりに会社法137条の手続きによる譲渡承認が必要となります
2・資産管理会社に株式を売却する
資産管理会社を設立し、現経営者のAの株式をその管理会社に売却してしまいます。
売却時には譲渡課税されてしまいますが、現経営者Aに相続が起きても甲社の所有者は変わらないため、売渡し請求の対象とはなりません。
2・黄金株を発行しておく
黄金株には、株主総会の決議を拒否する権利があります。
そのため、あらかじめ取締役Bに株式売渡請求に対する拒否権付種類株式を発行していれば、株式売渡請求がされても取締役Bが種類株主総会で請求を拒否することができます。
種類株式を発行する場合には3分の2の賛成を得て定款を変更する必要がありますが、ABで計70%の株式を保有しておりますので、問題なく定款に定めることができます。
自己株式(金庫株)取得の財源制限
自己株式(金庫株)の取得には、財源制限があります。
自己株式を無制限に取得することができるとすると、会社の経営に資金的余裕がないにもかかわらず、自己株式を取得し続けることができることとなります。
このような「無制限な自己株式取得」を許せば、会社には自己株式だけが残り、会社の資産は流出することとなります。
これでは資本の維持を害し、債権者を不当に侵害するおそれがあります。
会社法は、このような事態の発生を防ぐため、自己株式の対価である金銭等の帳簿価額の総額が取得の効力発生日における分配可能額を超えることはできないと定めています。
そのため分配可能額の範囲でしか取得できないことに注意が必要です。
分配可能額は簡単にいうと
・その他資本金剰余金+その他利益剰余金-自己株式
となります。
ただし、会社の純資産が300万円未満の場合は、自己株式の取得を含む剰余金の配当はできないとされています。
自己株式取得(金庫株)に関する課税
自己株式取得の場合は、通常のみなし配当として課税が行われますが、相続税の申告期限から3年以内であればみなし配当の適用除外の特例があります。
みなし配当より特例の方が税額は抑えられます。
みなし配当
金庫株制度を利用して自社株を会社に買取ってもらった場合、買取金額のうち会社尾資本金を超えた部分は「みなし配当」となり、配当所得として総合課税されます。
みなし配当の金額によっては、所得税の最高税率45%が課税されることになります。
株を売ったはいいが、半分近くは税金という可能性もあるということです。
みなし配当課税の適用除外の特例
みなし配当課税には、適用除外となる特例があります。
それは、相続により取得した株式を、相続の翌日から相続税申告期限の3年以内に譲渡した場合は、買取金額が資本金の額を超えても、その部分はみなし配当とはならず、譲渡所得の取り扱いになるというものです。
具体的には、発行法人の買取価額から取得費(通常出資額)と譲渡にかかった費用を引いた残りの利益に対し、一律20%の分離課税ですむことになります。
さらに、このケースでは「相続財産を譲渡した場合の取得費加算の特例」を利用することができ、支払った相続税のうち、次の計算式で求めた譲渡した株式に対応する相続税分を取得費に加算することができます。
このように、金庫株を取得する場合は、相続が発生してからの方が節税となります。
発行法人側の課税関係
現会社法では、自己株式の取得は資本金等の取引と認識されます。
そのため発行法人には原則課税関係が生じないことになっています。
しかし、時価と乖離した価格で取引した場合、経済的利益の供与を意図した譲渡とされ、発行法人に課税が生じる怖れがあるので注意が必要です。
金庫株の買い取り資金を用意する方法
金庫株の買い取りには、資金を用意する必要があります。
資金がなければ買取りを実施したくてもできなくなってしまいます。
そこで活用したいのが、生命保険です。
次のような契約形態で保険に加入すると
- 契約者;法人
- 被保険者:対象となる役員
- 保険金受取人:法人
被保険者がお亡くなりになると、死亡保険金が会社に入ってくることになります。
このとき、1億円がキャッシュとして入金されるため(雑収入として計上)、自社株の買取資金を確保できます。
さらに、保険料が全損の場合、7000万円分配可能額が増えることになります。
・1億円×(1-30%※)=7000万円 ※法人税の実効税率30%として計算
生命保険を活用することで、金庫株の買い取り資金と分配可能額(株の取得の上限額)が増えるという、まさに一挙両得な方法なのです。
金庫株を取得の際は、生命保険を計画に組み込んでおきたいところです。
まとめ
この記事では、事業承継時における金庫株の活用の仕方について解説してきました。
金庫株の買い取りを行うときは、法令に則って株主総会や取締役会を開いたりなどして、進めなくてはいけません。
しかし現実には、面倒を理由に手続きを経ることなく、自己株式の取得が行われていることがあります。
他の株主から指摘されなければ問題となりませんが、法律に違反していることはたしかで、後々問題となる可能性もあります。
法令を遵守して、金庫株を事業承継で活用しましょう。
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