中小・零細企業の社長は、会社の負債を個人で保証していることが多々あります。
もし社長の身に万が一が起こった場合、多額の債務が残っていれば、相続を放棄しない限り、残されたご家族がこの負債を引き継ぐことになります。
財産だけ家族に残したいとは、都合よくいかないのです。
ではご家族に資産を残すにはどうすれば良いか?
そこで使うのが保険金です。
生命保険の死亡保険金は「受取人の固有の財産」です。
社長の財産ではないので、仮に多額の債務があっても、相続を放棄すれば、受取人に指定した奥様やご子息に負債を引き継がずお金を残すことができます。
会社は有限責任。でも社長は・・・
はじめに、株式会社、有限会社、合同会社、合資会社の一部の場合、会社の負う責任は、「有限責任」になります。
基本的に責任は、「出資した範囲」に留まります。
仮に株式会社を設立して、資本金1000万円を出資した場合、会社が倒産して3000万円の負債を負ったとしても、経営者の責任の範囲は、原則として当初出資分の1000万円までです。
余談ですが、個人事業主の場合は「無限責任」です。
無限責任なので、個人の保証を取らなくても、自動的に借入した全部の債務の返済義務を負います。
ですが、株式会社の場合は出資の範囲までしか返済義務を負いませんので、金融機関が経営者に連帯保証人を求める理由ともなります。
そこで社長個人が連帯保証をしたときは、その債務について「無限責任」を負うことになります。
連帯保証人とは?
保証人には、ただの「保証人」と「連帯保証人」の2つがあります。
この2つの保証人の違いを知っておくことは大事です。
保証人
保証人には、次の3つが認められています。
- 催告の抗弁権
- 検索の抗弁権
- 分別の利益
催告の抗弁権とは、「まずは自分(保証人)より先に、債務者に請求してくれ」と主張できる権利のことです。
検索の抗弁権とは、債権者から返済を求められたとき、「自分(保証人)より先に、債務者の財産を差し押さえしてください」と主張できる権利のことです。
分別の利益とは、保証人が複数いる場合、一人の保証人が保証する額は、主たる債務を頭数で割った額で良いとされています。
1000万を5人の保証人で保証したなら、一人当たり200万までということです。
残りの800万については、保証を負う義務はないということです。
連帯保証人
連帯保証人には、通常の保証人に認められる、「催告の抗弁権」「検索の抗弁権」「分別の利益」が認められていません。
したがって
- いきなり債権者から連帯保証人に返済を迫られても文句をいえません。
- 借金の張本人に返済する資力があって返済してない状況でも、債権者から連帯保証人に「返してください」といわれても文句がいえません。
- 保証人が複数人いても、連帯保証人一人が借金の全額について返済する義務を負います。
という状況になってしまいます。
要するに、連帯保証人は、責任の範囲がただの保証人より大きくて重く、借金した人と同等の責任を負うわけです。
経営者が会社の債務を個人保証するということは、その金額を社長個人が借金すると同じことになります。
連帯保証人制度の是非は別にして、現実として、中小・零細の社長は、このような制度に縛られているのです。
連帯保証人から逃れるには相続の放棄
そしてここからが大事なのですが、社長が亡くなったとき、会社の借入の連帯保証人となっていれば、その地位も遺族が相続することになってしまいます。
財産を相続するということは、責任も一緒に引き継ぐことです。
プラスの財産だけ、残された家族が引き継ぐことはできないのです。
もし、連帯保証人の地位を引き継ぎたくなければ、相続を放棄するしかありません。
相続の放棄を行う場合は、相続の開始を知ってから3ヶ月以内に被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に相続放棄の申し立てを行う必要があります。
ちなみに、相続人が被相続人の保証人になっていた場合は、相続を放棄しても、連帯保証人の責任を放棄することはできません。
たとえば、社長が被相続人、その奥様が社長の連帯保証人だった場合、社長の財産の相続を放棄しても、奥様は連帯保証人のままということになります。
金額の大きな会社の借入の連帯保証人の地位は引き継がせたくない、しかし、相続を放棄してしまうと、家や貯金も失ってしまう、この悩み何とか解決できないか?
そこで使うのが、「生命保険」です。
死亡保険金は、受取人の固有の財産
生命保険の死亡保険金は、「受取人に指定された人」の「固有の財産」です。
受取人の固有の財産ですので、社長の財産とは別物です。
相続を放棄しても、支払われた死亡保険金は、奥様に丸々残ります。※相続税の対象にはなります。
要は、保険の死亡保険金の受取人を妻(連帯保証人ではないことが条件)にしておくことで、相続の状況に関係なく、奥様に財産を残せるのです。
生命保険の死亡保険金の受取人には範囲があります
死亡保険金の受取人には、範囲が決められていて、誰でも指定できるというわけではありません。
死亡保険金の受取人の範囲は、次の通りです。
- 配偶者:(夫・妻)
- 一親等:(親・子)
- 二親等:(祖父母・兄弟姉妹・孫)
要は2親等までしか保険金受取人に指名できないです。
※保険会社によっては二親等以外の人を指名できる場合もあります。
婚約者や内縁の恋人を生命保険の死亡保険金の受取人にしたい場合は
- 家計を一つにしている
- 一年以上同居している
- 半年以内に結婚をする(明確に分かるものが必要の場合もある)
といった条件を満たす必要があります。
詳しくは保険会社へ問合わせてみましょう。
社長の債務を消して、奥様にお金を残すスキーム
ではここで、社長が会社の借入の個人保証している場合で、万が一のケースを考えてみましょう。
次のようなケースの会社がありました。
- 社長の銀行への保証債務:5000万円
- 社長の個人の銀行預金:2000万円
このとき社長が亡くなれば、当然信用不安が起こります。
こんな事態になれば、銀行は「信用力の低下」を理由に一括返済を求めてくることがあります。
会社の資産を処分して現金を作り、それでも足らなければ、社長の個人資産から支払うことになります。
上記のケースで、5000万の保証のうち、会社で資金を用意できなければ、残り2000万円は社長の個人資産で返済しなくてはいけません。
そのままいけば、奥様には財産は残せないどころか、3000万円の負債を背負わせてしまいます。
奥様が相続を放棄すれば負債は引き継ぎませんが、財産が残らないことは同じです。
そこで、保険を使います。
保険会社を迂回させて、奥様に財産を残すようにするのです。
社長の預貯金が銀行口座(債務保証している銀行の口座)に入っていると、借入金と相殺されてしまいます。
※銀行との契約には、万一の場合は預金と借入金を相殺できるような規定になっています
ですからこのお金を、保険会社に移転させます。
社長の体況が悪くても加入できる保険がいいでしょう。
社長が万が一亡くなったときの死亡保険金は、このケースでは2000万円に設定されています。
<契約内容>
- 契約者:社長
- 被保険者:社長
- 死亡保険金受取人:妻
- 死亡保険金:2000万円
繰り返しになりますが、奥様が社長の死亡で受取る保険金は、奥様固有の財産です。
固有財産になるということは、社長の死亡時の財産とは何の関係もない、奥様が昔から持っていたお金に換わるということです。
しかし、相続を放棄しない限り、このお金も持っていかれてしまいます。
ですから最後の仕上げに、相続の発生から3カ月以内に、相続の放棄を行います。
これで社長の残した5000万円の負債は無くなりながらも、奥様の手元には2000万円のお金が残るというわけです。
ただし、相続の放棄で、自宅などの社長のプラスの財産を相続することはできません。
またこのスキームは、社長の死亡時期も関係してきます(人の生き死にでスキームを遂行するという意味でなく、タイミングによってはお金を返済しなくてはいけないという意味です)。
生前に会社の借入に対し、銀行から一括返済を求められるようなことになっていれば、たとえ保険会社に預けたお金でも、そのお金を返済にあてなくてはいけないでしょう。
このスキームの注意点
保険の種類と時期によっては「差押え」されることがある
上記でも触れましたが、
- 生命保険の種類
- 返済の状況
によっては、債権者から生命保険を差押えられてしまうことがあります。
生命保険には、保険料が掛捨て型のものと、解約したらお金が返ってくるタイプのものがあります。
差押えされる生命保険とは、後者の「解約返戻金」があるタイプです。
どういうことかというと、社長の会社が借りているお金を返済できなくなると、債権者(お金を貸している会社や人)から差押えされてしまうことがあります。
その差押え可能な財産に、生命保険の解約返戻金があるのです。
したがって、社長が存命中に、債権者から差押えされるような状態になると、解約返戻金のある生命保険の場合、差押えされてしまう可能性が高くなります。
この場合の対策は、解約返戻金のない掛捨てタイプ(定期保険)に加入することです。
解約返戻金がなければ差押えすることはできません。
そして相続を放棄すれば、死亡保険金は指定された受取人が受け取ることができます。
遺留分侵害額請求権
生命保険金は「受取人固有の財産」となりますが、これはあくまで原則です。
ケースによっては、その他の相続人から「遺留分侵害額請求権」を請求される可能性があることを認識しておきましょう。
なぜなら下記のような判例も出ているからです。
「保険金受取人である相続人とその他の相続人との不公平が、非常に著しいものである「特段の事情」がある場合は死亡保険金は遺留分の対象になる」
特段の事情とは、「保険金額の額」「遺産総額に対する比率」「同居の有無」などです。
債権者からはかわせても、相続人から遺留分侵害額請求権を請求されるケースもあることに注意しましょう。
社長の奥様が引き継ぐ場合
上記のケースは、奥様が相続を放棄することで行えるスキームです。
しかし、奥様も保証人になっている場合は、相続を放棄しても保証人としての責任は放棄できません。
また、奥様自身が会社を引き継いで経営していく場合も、相続を放棄するわけにはいきません。
そのようなケースのときは、債務を支払えるだけのお金を、十分用意しておく必要があります。
いざというとき、妻子が困らないように、しっかりプランニングしておきましょう。
相続財産にはなりませんが、相続税はかかります
死亡保険金は、相続財産にはなりませんが、「相続のみなし財産」となります。
したがって、相続税が課せられます。
相続税の計算
- 課税対象額=保険金の額-非課税枠
- 相続税=課税対象額×税率-控除額
死亡保険金に課せられる相続税は上記の計算式によって求めます。
ただし、死亡保険金には主に以下の3つの非課税枠が適用されます。
- 生命保険非課税枠:500万円×法定相続人の数
- 基礎控除:3,000万円+600万円×法定相続人の数
- 債務控除:葬儀費用+被相続人が生前に残した借金
また、被相続人の配偶者は、保険金が1億6,000万円以下であれば相続税が課せられません。
【重要】相続を放棄した場合は、生命保険金の非課税控除枠を利用することはできません。基礎控除は適用されます。
計算例(この計算式は相続を放棄してない場合)
- 保険金:1億円
- 法定相続人:2人
10000万円-(3000万円+600万円×2人+500万円×2人)=4800万円
4800万円×20%-200万円=760万円
まとめ
この記事で紹介した方法は、社長が死亡してしまうことを前提にしていて、何とも気分の悪い話かもしれません。
本来は、もしもの事態もなく、無事債務を清算して、ハッピーリタイアというのが一番です。
しかし、万が一に備えて、残されたご家族が困らないようにしておくのも、社長として、夫として、父としての務めといえます。
会社という大きな器を運営している以上、その借入も個人とは桁が異なりますから、借金を背負うことになればご家族は大変です。
生命保険を有効活用しましょう。
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