売掛金回収は、いつも企業の頭を悩ます問題です。
既存の取引先でも、いつ何時、経営状態が悪くなるとも限りませんし、それが何の情報もない新規の相手にもなればなおさらです。
「もし回収できなければ?」という不安が先立ちますし、万が一を考えて対策を備えておくことは大事です。
そこで役立つのが「契約書」です。
契約書を用意しておくことで、もしも売掛が焦げ付きそうなときでも、代金回収を自社に有利に進めていくことができます。
契約書は売掛金回収の万能薬ではない
はじめにいっておきますが、契約書があったからといって、100%売掛債権を回収できるわけではありません。
無い袖は振れないという言葉があるように、資産のない相手からお金を回収することは、極めて困難な作業です。
また、はじめから踏み倒してやろうという相手も同じです。
仮に、民事でも刑事でも社会的制裁を加えたとしても、相手にお金が無ければ、代金回収がむずかしいのは変わりありません。
ですから、「契約書があるから安心」ではないのは、念頭に置いておいてください。
※回収に100%の保証がないように、相手の資産も絶対に0ということはありません。
現状は無くても、時間の経過やタイミングによっては、お金ができることもあるでしょう。
したがって、今回収できないからといって、今後も回収できないわけではないことを付け加えておきます。
売掛金回収に強い契約書の作り方
万が一のときに、代金回収をスムーズに行ったり、回収額を増やすには、契約書など、契約内容を書面に残しておくことが大事です。
契約書があることで、「それは知らない」などとすっとぼけたことをいわれなくても済むわけですが、如何せん、それだけでは不十分な場合もあります。
そう、売掛金を回収するためには、「売掛金回収時に優位に立てる規定」を盛り込んでおかなくてはいけないのです。
それがない契約書は、債務者に有意なポジションを与えてしまうことにもなりかねないのです。
もし、以下で解説する条項がなければ、それを入れた契約書を、再度発行して契約しなおすことも考えてみてください。
あると助かる条項1・期限の利益喪失
まず「期限の利益喪失」の条項です。
「期限の利益喪失」とは、簡単にいうと、「〇月〇日まではお金を返さなくていい」という、借手に有利な権利を喪失してしまうことです。
仮に100万円お金を借りた場合、「期限の利益」がないと、翌月に「100万円を返してください」と請求されても、文句はいえません。
しかし、お金を借りた人は、まとまったお金(ここでは100万円)がないから借りるわけで、翌月に全額返してといわれても困ってしまいます。
そこで通常は、「毎月10万円を10回の10カ月に分割して支払う」といった契約を結びます。
このように、返済の満了を10カ月待ってもうらという「利益」を、「期限の期限」といいます。
ですが、借り手はいつでも期限の利益を得られるわけではありません。
先ほどの契約に「ただし、1回でも分割の支払いの約束が守られなければ、残額を一括して支払う」という条項が入っていれば、返済日にお金を返さなければ、借手の権利である「期限の利益」を喪失してしまうということです。
では、期限の利益喪失のポイントを見ていきます。
<期限の利益喪失条項サンプル>
第〇条(期限の利益の喪失)乙に下記各号の一つにでも該当したときは、乙は甲からの通知を受けなくても当然に期限の利益を喪失し、直ちに債務全額を甲に支払わなくてはないらない。
①本契約又は個別売買契約に基づく、本商品の代金の支払いを行わないとき。
②乙が振出し、引き受け、または裏書譲渡した約束手形・小切手が不渡りになったとき。
③乙が銀行取引停止処分を受けたとき。
④乙に対し、仮差押、差押、仮処分、競売等の申し立てがなされたとき。
⑤乙が、破産、和議、会社更生、会社整理、民事再生、特別清算等の申立を受けたとき、又は自ら申立をしたとき。
⑥乙の信用力及び資力が悪化したと甲が認めるとき。
⑦その他、本契約に定める各号に条項に違反した事実があったとき。
ポイント1・「乙は甲からの催告なしに当然に」
第一のポイントは、「乙は甲からの催告なしに当然に」という箇所です。
この条項を入れることで、期限の利益を失えば、すぐに回収体制に入ることができます。
その反対に、期限の利益喪失させるのに、「催告してから」とする書き方もありますが、債権者であるあなたに手間がかかってしまいます。
時間がかかれば、財産処分や他に支払ってしまったりして、焦げ付くリスクは高まります。
そこで、この条項を入れておくのです。
ポイント2・信用力が悪化したと「甲が認めるとき」
2つ目のポイントは、「乙の信用力及び資力が悪化したと甲が認めるとき」の「甲が認めるとき」です。
この場合、甲が債権者で、乙が債務者です。
もし、この一文がなければどうでしょう?
乙の信用力及び資力が悪化したかどうかの判断を、第三者がしなくてはいけなくなります。
さらにここで、「信用力も資力も落ちていません」と乙がいい張れば、それなら決着は裁判でと、事態が悪化するかもしれません。
でもそれを、「甲が認めるとき」としておけば、四の五のいおうが債権者甲の主観的判断で回収に入れます。
これで、乙な下手ないい訳も、事前に防ぐことができます。
あると助かる条項2・契約解除
次に「契約解除」条項です。
相手方が、契約で定められた事項に違反することを債務不履行といいます。
民法では、債務不履行を行ったときは、契約を解除できるとされています
この条項が必要なのは、仮に相手方の財務状態に不安が生じたときでも、相手に債務不履行がない限り、契約を続けなくてはいけないからです。
今後、代金を支払ってくれるかどうかわからない相手に、商品を卸し続けないといけないとなると、これは大変です。
ですから、契約解除条項を入れて、もしものときは、すぐに契約を解除して、回収に入れるようにしておくのです。
<契約解除条項サンプル>
第〇条 契約解除
1・乙が次の各号に違反したときは、甲は何らの通知催告を要せず、ただちに本契約の全部または一部を解除することができる。
(1) 自ら振り出した手形または小切手が不渡り処分を受ける等、支払停止の状態に至った場合。
(2) 差押え、仮差押え、仮処分、競売または強制執行の申し立てを受けた場合。
(3) 破産手続開始、民事再生手続開始または会社更生手続開始の申し立てを受け、または自らこれらの申し立てをした場合。
(4) その他当事者間の信頼関係を著しく損ない、本契約を継続しがたい重大な事由が発生した場合。
2・本条の定めに基づいて、本契約が解除されたときは、乙は甲に対して、本契約の解除により乙が被った損害を賠償するものとする。
ポイント1・「甲は何らの通知催告を要せず」
ポイントの1は、「甲は何らの通知催告を要せず」という文言です。
期限の利益喪失条項と同じ理屈ですが、通告を行ってからでは、手間と時間がかかりますし、内容証明郵便で送らなければ、「知らなかった」といういい訳が通ってしまう可能性があります。
ですから最初に、この一文でリスクをふさいでおきます。
ポイント2・「全部または一部」
ポイントの2つ目は、契約の「全部または一部」を解除できることです。
この一文が大事なのは、債権者にとって都合の良い契約を、存続させることができることです。
もしこの文言がなければ、債務者が「全部解除された」と思ったと誤解すれば、後から「これは一部の解除です」と債権者がいっても、それが認められるかどうかは、裁判での争いとなる可能性があります。
そこで、「全部または一部」と契約書にあらかじめ入れておくのです。
これにより、債権者は自分に都合の良いオプションを手に入れられます。
あると助かる条項3・所有権留保
三番目は「所有権留保」条項です。
これは主に、売買契約において、代金を分割払いにしたときに用いられる条項です。
要するに、代金の完済までは所有権を買主に移転しない(留保する)ことを、この条項で定めているのです。
たとえば、売主が商品を引き渡したのに、買主が代金を支払わなかった場合、「それでは商品を返してください」となるのが普通です。
しかしここで「所有権留保」の条項がなければ、買主が商品を勝手に転売してしまうかもしれません。
販売代金も未収の上、さらに商品まで転売されては、大きな損失となります。
このような事態を避けるため、所有権留保条項が役に立つのです。
支払が止まって、買主になにかゴネられても、この条項を使って商品を引き上げることができます。
<所有権留保条項サンプル>
第〇条(所有権の帰属)
甲および乙は、甲が乙に対して引き渡した本件商品の所有者が、乙が甲に対して代金を支払うまでは、すべて甲に帰属することを確認する。
契約書がないとき証拠となる書類
取引の度、いちいち契約書を作るわけではありません。
電話注文でも、立派に売買契約は成立します。
しかし、実際には取引は行われたのに、契約書を交わしてなかったため、相手がゴネて、支払いに応じない場合はどうすればよいでしょう?
契約書がなくても、契約の証拠となる種類はその他にもあります。
契約書以外の証拠となる種類
- 注文書
- 請書
- 受領書
- 念書
- 覚書
- 確認書
などの書類も、内容次第で契約成立の証明書類となります。
それ以外にも、電話注文の際のメモ紙に、電話の相手、注文内容、納期、発注数など書かれたものがあれば、証拠能力としては弱いですが、一つの証明材料にはなります。
契約書は転ばぬ先の杖
契約書の出番となるのは、あくまでスムーズな回収ができないときです。
何度督促をしても、支払おうとしない、そんなときに契約書がものをいいます。
法的手続きが必要なら、契約書に照らし合わせて、粛々と進められます。
話し合いで解決する場合でも、契約書の内容で相手との優劣が決まってきます。
契約書の不備を突かれては、泥沼へと引きずられることだってあります。
まさに契約書は、「転ばぬ先の杖」なのです。
まとめ
わたしも何度か踏み倒されたことがありますが、やはり契約書を交わしていませんでした。
それは、インターネットを通じた、遠隔地での取引というのが影響しているかもしれませんが、契約書を交わさないことこそが、買い手側のモラルハザードを下げてしまうケースもあります。
わたしも痛く反省しました。
「何も契約書まで交わさなくても。面倒くさいし」と思うかもしれません。
しかし、売掛金をスムーズに回収するには、契約書を作っておくことをおススメします。
その際、交渉を有利に進められる契約条項を入れておくことは大切です。
あの人なら大丈夫と性善説に立つなら、いざというとき、自分が泣きをみるだけです。
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